世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ワクチン分配のソフトパワー競争は歓迎すべき
(青山学院大学経済学部 教授)
2021.03.08
2月末時点で新型コロナの感染者は1.1億人超,死者は250万人超に達した。一方,各国で開発されたワクチンのうち少なくとも9種類が複数国で承認され,接種数は2億回前後に達した。しかし,ここ数カ月のあいだにグローバルな感染収束には長期戦を予想させる多くの事実が現れてきた。本稿では収束に向けた長期戦を想定したうえで,ワクチン分配のソフトパワー競争を歓迎すべきだと論じたい。
世界的に「ウィズ・コロナ」生活が長期化しそうな第1の懸念は,ワクチン分配が高中所得国に偏在しており,低所得国に感染拡大が時間差でやってくるため,グローバルな収束が見通せない点である。2021年中に米英中ロ製のワクチン約80億回分(2回接種だと約40億人分)の供給契約が結ばれているが,その半分は世界人口の15%にあたる54の中高所得国が確保しているという(英エコノミスト誌2021年2月13日号)。低所得国の大半はワクチン供給を現状では多国間協力枠組みである「COVAX」に頼らざるを得ず,これを通じて世界の成人人口すべてにワクチンへのアクセスが可能になるには3年以上かかるかもしれない。
第2の懸念は,既存ワクチンによって従来型ウィルスの感染や致死率が下がっても,新たな変異ウィルスによって効果が一部帳消しにされそうな点である。新たに蔓延している変異ウィルスは従来型より感染力が強く,英国型(B.1.1.7)は感染率が25~40%高いという。ブラジル型(B.1.351)や南アフリカ型(P.1)は従来型ウィルス感染で得た免疫を無効化する可能性もある。米国のニューヨーク州やカリフォルニア州では「米国型」の変異ウィルスが現れたという報道もある。こうした相次ぐ変異ウィルスに対応する新ワクチンの開発・治験と,感染拡大によるさらなる変異種の発生とのイタチごっこの様相を呈している。
第3の懸念は,18歳未満の人口へのワクチン接種はまだ承認されておらず,若年層が分厚い低所得国への接種が遅れるうえに,新興国・途上国では政府や医療機関と一般国民のコミュニケーション不足によりワクチン接種が回避されがちな点である。米欧においてさえSNSなどで流布される「反ワクチン」投稿に影響され接種を拒む介護職スタッフが多いという。米軍ではワクチン提供をオファーされた米兵のうち3分の1が接種を拒否したという。マスク着用や社会的距離といった行動変容に比べ,健康体に異物を投入するという行為に対する心理的ハードルははるかに高いだろう。
以上のような状況のなか,経済再開を急ぎたい新興国・途上国の多くでは,COVAXによるワクチン分配を待っている余裕はなく,ワクチン外交でソフトパワーを拡張しようとする中ロ製のワクチンが需給ギャップを埋めることになりそうだ。報道によれば(日本経済新聞2021年2月19日付),中国製のワクチン3種は「一帯一路」の協力関係を生かして20数か国と供給契約を結び,ロシア製の「スプートニクV」は海外から12億回分を受注したとされる。アルゼンチン,メキシコ,ベラルーシなどがスプートニクVの緊急使用を承認している。
変異ウィルスと新ワクチン開発のイタチごっこの長期化を回避するためには,先進国と歩調を合わせて新興国・途上国も集団免疫を獲得することが重要であり,ウィルス外交競争はむしろ歓迎すべきであろう。西側諸国としては中ロの動きをけん制するうえでもCOVAXだけでなく2国間協力によりワクチンを安価に提供することで,グローバルな感染収束を早めることに貢献すべきだ。
2月19日に開かれたG7のオンラインサミットではCOVAXへの計75億ドルの資金拠出が表明されたが,さらなる積み増しが必要であろう。3月1日にWTOの新事務局長が就任し,新型コロナのワクチンや治療薬に関する知的財産を一時免除する案が提出された。知財に関する利害の対立は解消が困難であろうが,ジェネリック品生産の能力をもつインドなど途上国の製薬企業へのライセンス生産を奨励する仲介役がWTOに期待される。
日本については,他の先進諸国と比べれば,感染症対策において国民一般は強靭性を示している。ただ,ワクチン接種への理解が浸透しつつあるように思われる一方,医療従事者や高齢者以外の一般国民にどれだけ自発的接種が実際に受け入れられるかは未知数だ。接種が1回で済む米ジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンが米国で承認され,日本政府も同社と契約を急ぐべきだという論調が見られるが,人口数分を超える大量のワクチンをかき集めるのは適切な戦略なのだろうか。日本のみが急いで集団免疫を獲得しても,周辺諸国で変異ウィルスが蔓延すれば,そのメリットは無に帰する可能性がある。多国間枠組みに加え,経済交流の深いアジア諸国などへの2国間ワクチン外交を絡めることで,感染症抑止と越境経済活動再開の両立をより効率的に進めることができるのではないか。
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