世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2050
世界経済評論IMPACT No.2050

台湾,先島諸島,沖縄への侵攻が現実性を増す背景

藪内正樹

(敬愛大学経済学部経営学科 教授)

2021.02.15

 1月19日JBpressは,陸上自衛隊退官後,拓殖大学などで客員教授を務める矢野義昭氏の「中国が本格的に検討し始めた尖閣,台湾侵攻シナリオ」を掲載した。米国防総省の議会報告や日本の防衛白書を踏まえて分析した結果,台湾侵攻,先島諸島の自衛隊基地と在沖縄米軍の制圧を,一体的に行える軍事バランスが実現しつつあると分析している。

 上記は軍事的分析だが,政治的環境はどうだろうか。バイデン政権誕生がチャンスとなることは議論の余地がない。就任早々,バイデン大統領は「気候変動対策が外交と国家安全保障の柱」,対中政策についてはオバマ政権の「戦略的忍耐」に戻ると宣言した。ハネムーンの100日間,あるいは中間選挙までが,台湾侵攻のチャンスと言えるだろう。しかし,現実となる可能性はあるだろうか。

 中国の経済状況はどうか。2012年に習近平政権が発足して以来,未曾有の不正摘発による庶民の支持回復と同時に,権力闘争のライバルを全て排除してきた。また,改革を加速すると称して社会,経済の全てに対する党の統制を強め,所得倍増の公約を実現するため成長率の維持に務めてきた。その結果,過剰設備を抱えた鉄鋼,セメント,機械などの構造改革が遅れ,それらのゾンビ化した国有企業に,所在地の国有銀行地方支店が融資を繰り返して金融リスクが膨れ上がっていた。

 中国の株式市場が最初に大暴落したのは2006年だが,その時はWTO加盟後の5年連続2桁成長の加熱を引き締める中で乗り越えた。2度目が2016年で,産業構造改革に取り組んでいる時だった。しかし成長率の維持を優先させたため,ゾンビ国有企業の淘汰は直ぐには行われなかった。2017年10月,5年に一度の党大会の金融関連の会合で,翌年3月の退任が決まっていた人民銀行の周小川総裁は,ミンスキーモーメントの現出に警戒が必要と発言して注目された。

 株式バブル崩壊の後,資産バブルが崩壊し,それでも企業が借り換えで息をつなぎ,しかし資産価値の下落が止まらず債務が膨れ上がり,数年を経て金融破綻に至ることを,その現象を見出した経済学者の名を冠してミンスキーモーメントと呼ぶ。日本は1990年年明けの株式大暴落から金融破綻まで,7年間だった。日本の非金融企業の債務残高の対GDP比が最も高かったのは1993年末の147.6%で,金融破綻が起きた1997〜98年は130%台だった。

 中国の非金融企業の債務残高の対GDP比は,2016年3月末にピークの161.8%,周小川人民銀行総裁がミンスキーモーメントに言及した2017年10月は158.0%だったが,既に米中貿易戦争が始まっていた。その後,2018年末から2019年中は150%前後で推移したが,新型コロナ対策で2020年6月末には162.5%まで上昇している。ちなみに日本の非金融企業は,2019年末の103.0%から2020年6月末には113.9%へ上昇した。2020年6月末の非金融企業の債務残高は,日本5兆7,042億ドルに対し,中国は約4倍の22兆6,355億ドルである。

 米中貿易戦争の激化に加え,新型コロナによる苦境に直面した中国は,2020年5月に開催した全国人民代表大会で,2020年の成長率目標を設定せず,習近平主席は「内循環」という言葉を初めて使った。国内で完結する経済を目指すという,毛沢東時代の「自力更生」を彷彿とさせる。この方針を決めたことで腹が座ったのか,6月30日には,外国人の外国での行為も処罰対象にするという驚愕の条項を含んだ「香港国家安全維持法」を制定し,同日施行した。これにより「一国二制度」の英中合意は完全に破棄された。8月30日にチェコ上院議長一行が台湾を公式訪問すると,欧州歴訪中の王毅外相は「高い代償を払わせる」と発言し,欧州各国の強い反発を招いた。こうした孤立を恐れぬ一連の姿勢も,毛沢東帰りを感じさせる。「内循環」は,8月以降「一帯一路」の外循環と合わせて「双循環」と修正された。「一帯一路」には欧州も含んでおり,12月30日にはEU・中国投資協定が大筋合意された。欧州のしたたかさも光るが,経済大国であることが毛沢東の第3世界外交とは大きく違う。

 もう一つ特筆すべき経済情勢は,国有大型企業のデフォルトや破綻が2020年から急増していることである。回避不能な苦境を逆手に取って,積年の弊を除去する好機に転じたのである。積年の弊といえば,爆発を防いでいる不動産バブルがある。売買停止で凍結しても建物の減価は止まらず,人口減少と双循環経済では,不動産投資ブームの再現は考えられず,損失処理の時期を見計っているだけである。

 今後について福島香織氏は,新興富裕層を没落させ,統治を強化して貧しさを分け合う毛沢東時代へ戻るしかないと言う。私も同感である。しかし,100年の屈辱を清算する「中国の夢」を掲げた中国共産党が,清貧に甘んじるだけでは許されない。従って台湾侵攻が必然となる。その時にバイデン政権はどう対応するか。トランプを打倒した米国のエスタブリッシュメントは,金融資本や軍産複合体,IT独占企業からなる。決着のつかない軍事紛争は,双方の利益が合致する。だから,備えなくてはならないと思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2050.html)

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