世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2009
世界経済評論IMPACT No.2009

欧州発グリーン・リカバリー???

鶴岡秀志

(信州大学先鋭材料研究所 特任教授)

2021.01.11

 12月23日に開催された「世界経済評論・著者を囲むオンライン読者座談会」は,経済金融分野の門外漢である小職知識の欠落と勉強しなければならないことを知る良い機会であった。湯澤氏始め,運営に携わった方々に厚く御礼を申し上げる。

 本稿を準備していたら,同じ趣旨のことを1/7日付日経新聞経済教室で東大の藤本先生が論じているので,そちらも参考にしていただきたい。

 改めて気付かされたのが日本の技術力の低下という理解と誤解である。科学技術立国を標榜しているにも関わらず,自国の立ち位置が社会に正しく伝わっていないことに忸怩たる思いがある。特にメディアの科学リテラシーが低すぎる状態を早急に改善努力して欲しい。問題を提示することが役目と言ったコメンテーターなど問題外である。1/5日付日経新聞1面の水素活用の記事も化学の基礎知識が怪しく,戦前からナチス・ドイツはオランダのソーダ工業から発生する水素をパイプラインでドイツへ送っていた歴史的事実が抜け落ちているので読者に誤解を与えてしまう。専門家の説明を正しく「つまんで」いただきたい。

 メディアが好きなバズワードはさておき,グリーンエコノミー実現に必須になる日本の技術を3つだけ紹介しておきたい。とかく内向きでR&D投資を渋る経済界・産業界が頭を切り替えて頑張らないと,認証制度を設けて規格化して金を巻き上げる欧州に,いつものように技術を横取りされ日本が三流国の烙印を押されてしまう。

 3つの技術紹介の前に,CO2削減ニュースに関するバズに惑わされないための要点は次の4つだけである。①CO2と水は化学的に安定,②安定なものを逆反応させるには,より大きなエネルギーが必要,③このエネルギーは逆反応した生成物から取り出せるエネルギーより大きい,④それを克服するために触媒が必要,ということである。前出の日経記事が怪しいのは,エネファームの逆反応(水→(電気分解)→水素+酸素)が安価との印象を与えてしまうことである。水の電気分解は大量の電気を使う。約0.089g(「標準状態」で1㎥)の水素製造に必要な電力は2.94kWh(650L大型冷蔵庫約4日分の電気)である。この水素量でトヨタ・新型ミライ(Z)は約12m走行できる。つまり,再エネで電気分解水素を作ることは効率が悪い。電気分解水素をグリーン水素というようだが,水力発電の豊富なノルウェーとカナダでも無駄遣いになる。むしろ,その電力をソーダ工業に用いたほうがLCAでよりグリーンになる。

 CO2の固定化は大別してメタノール化と人工光合成がある。前者は触媒を用いてCO2と水素を反応(水素化反応)させてメタノールを生成する。研究では1990年頃から効率的な触媒が報告されて,日本の大手化学メーカーが研究機関と共同開発を進めている。この水素化反応は合成に要するよりも合成物から取り出せるエネルギーの方が大きいことと,メタノールは液体で貯蔵と輸送が容易なので,水の電気分解による水素製造よりエネルギー収支全体から見てより良いCO2固定化方法である。

 我国の人工光合成研究は1970年代から開始された。国プロとして,サンシャイン計画,ニューサンシャイン計画と引き継がれている。光で水を分解する光触媒技術は世界のトップレベルであるが,分解で生成する「活性水素」を瞬時に分離する,あるいは化合物と反応させるプロセスの効率が不十分なのでさらなる研究が必要である。

 化石燃料の代わりに,水素をアンモニア合成に使おうとメディアで声高に言い始めた。水の電気分解による水素製造は,当初,アンモニア合成のためであった。100年以上前に発明され未だに使われているハーバー・ボッシュ法は,安定な窒素から高温高圧で強引にアンモニアを合成する方法である。この発明のおかげでアンモニアを豊富に得ることが可能になり窒素肥料の大量導入で食糧増産に大きく寄与した。また,アンモニアは火薬,医薬品,樹脂,他の原料なので,当該プロセスは現代の生活に欠かせない合成方法である。今のところ代替法が無く,ハ・ボ法はエネルギー超多消費プロセスなので,再生エネをアンモニアに転換することはグリーンとは真逆である。しかし,2019年に東大の西林教授のグループがモリブデンを触媒に使って常温常圧でアンモニアを合成する方法を開発した。この合成反応はサマリウムというレアアースを使っているのでサマリウムの回収再利用法が工業的に可能になれば,画期的な電気の固定化に繋がる。

 以上,我国が先行する3つの技術を代表例として掲げた。諸兄はお気づきと思うが,いずれも触媒反応を利用した応用化学分野のR&Dである。触媒研究は,野依・根岸・鈴木のノーベル化学賞受賞だけではなく,身の回りにある酸化チタン系光触媒を始め,多くの先端研究が我国に存在している。しかし,工業用触媒開発で優れていた我国であるが応用化学分野では公的研究予算がつきにくく,応用化学専攻を掲げている大学も激減している。触媒研究を行っている研究室はいくつもあるものの,研究グループで残っているのは北大と東工大ぐらいである。更に,触媒技術は工業利用と表裏一体なので,国内研究所への中国人留学生や中国への触媒製造委託を通じて中国に追いつかれている。

 応用化学の研究は地道で成果が出るまでに時間がかかるために近年の科学研究予算の方針に合わないことと,研究室と工場現場が3K的ブラック仕事なので若い研究者や従業員が敬遠,中国に任せるといった傾向が90年頃から進んだ。筆者の大学同期友人は,いつも色とりどりに汚れた白衣で「毎日,乳鉢で捏ねるのが仕事」とボヤいていた。しかし,この地道な積み重ねが真のグリーン・リカバリーに繋がる。太陽光・風力発電からアンモニアを得る過程に科学の原理原則が横たわっていることを抜きにして報道することは,タピオカ・ティーをノーベル賞候補と言うようなものである。

 次世代電池の全固体リチウムイオン電池も,現在主流の三元系やリン酸鉄系の華々しさに比べて地味であったが,21世紀初頭から国内でコツコツと研究されてきた。その結果,全固体電池の特許数は2018年に全体の1/3,圧倒的首位になっている(欧州特許庁2019年発表)。つまり,欧州が主張する自動車の電動化は日本の技術なしでは達成し得ない。後出しジャンケンの得意な欧州やコピペの好きな近隣の国々に我国の利益を掠め取られないようにすることがこれからの課題である。本気でグリーンを追求するならESG/SDGs投資選別云々よりも,官民で日本の応用化学研究開発と工業化に1兆円ぐらい注ぎ込んでも損はしないと思うがいかがだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2009.html)

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