世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
EUの新しい中期予算
(東洋大学経済学部 教授)
2020.12.28
中期予算と復興基金(NextGenerationEU)
EU(欧州連合)条約は,EUに対して1期が5年以上の中期予算の作成を求めており,実際には期間7年の中期予算を作っている。新しい中期予算は2021−2027年までの7年間を対象にしており,2020年12月22日なってようやく閣僚理事会で採択されて成立した。EUの会計年度は1月から始まるため,ぎりぎりの成立となった。成立が遅れたのはNextGenerationEUという名前の復興基金の成立に時間がかかったためであり,EU予算を利用した政治的なやり取りが混乱を招いたことが背景にある。
復興基金は,2020年にウイルス(SARS-CoV-2)による経済の落ち込みに対応するために設けられた時限措置であり,2021−2024年の間に,環境保護・デジタル化支援・行政サービス充実などの加盟国支援,欧州投資銀行を通じた投資の拡大や企業への資金支援などの経済再始動,医療体制や災害対策の強化などの危機への対応を3本柱として合計7500億ユーロを投入するものである。なお,復興基金は借り入れで賄い,2028−2058年にかけてEU予算から返済される。2024年まではEU中期予算に復興基金を加えて支出される。
中期予算の内訳
支出面は,イノベーションを促進してデジタル化や環境対策を進める単一市場政策,地域のコミュニティやインフラに投資する結束政策,農業や漁業などへの補助金が中心となる資源環境政策,移民難民問題などを扱う国境管理政策,警察・検察の情報交換などを進める安全保障政策,EU近隣諸国や世界の途上国などを支援する対外政策,EU運営費の7分野からなる。中期予算は各年の予算のシーリングとして機能する。
収入面を見ると,EU予算の大部分は加盟国分担金(収入の約73%)であり,関税収入や付加価値税収入(加盟国から0.3%分がEUに支払われる)を大きく上回る。2020年のイギリスEU脱退により,イギリスの加盟国分担金の支払いがなくなった(実際には年金債務の支払いなどのために2021年は75億ユーロを負担する)。EUは財源の多角化に乗り出しており,欧州排出権取引制度,炭素国境調整メカニズム(2023年からの予定),金融取引税と共通法人税(2024年からの予定)から収入を得る予定となっている。欧州排出権取引制度以外は技術的・政治的なハードルが高く,予定通りに導入されない可能性もある。
中期予算の特徴
2020年までの中期予算に比べて,農業への補助金を含む資源環境政策の比重がやや低下し,地域政策などの結束政策の比重が高まっている。2010年代に難民問題や環境対策などをテーマとした市民のデモが頻発し,各国で極右・極左政党が議席を伸ばしていることが背景にあり,市民が成果を実感しやすい政策に重点が移っている。一方で,研究支援のHorizon Europe(以前のHorizon 2020)に約80億ユーロと単体のプロジェクトとしては最大の予算が割り当てられており,イノベーションを促進させて競争力を強化させる政策の重要性は変わっていない。
フォンデアライエン欧州委員会が推進するグリーンディールなど環境関連に予算の30%を割くことも特徴であり,2050年に実質的なカーボンニュートラルを達成させるために,建物・建設部門や輸送部門のエネルギー効率化など幅広い政策に取り組む。電気自動車の普及では,2030年に3000万台という数値目標もある。これらの目標を達成させるためには新しい技術の開発と普及が欠かせず,その過程で雇用が生み出されるとしている。デジタル化への対応にも力を入れており,高速インターネット網の整備やデジタル行政サービスの普及にとどまらず,関税手続きのデジタル化など幅広い分野の取り組みがある。移民難民問題では,国境管理の強化と難民手続きの迅速化が図られる。違法な難民を受け入れたくない加盟国と手続き待ち難民の滞留に不満を持つ加盟国への対策でもある。
財政規律喪失がもたらすリスク
EUは自身の予算もできるだけ小規模にしようとし,加盟国にも経済ガバナンスを通じて財政規律の強化を求めてきた。しかし,感染症対策を理由にした支出増により,EUも加盟国も財政規律が失われたといえるだろう。共通農業政策に批判的なイギリスが脱退したことで農業予算改革が停滞する恐れもある。
金融危機や感染症などによる経済危機は一定の確率で今後も発生する。危機対策は短期的には景気を下支えするかもしれないが,長期的にはEU予算を圧迫して政策の自由度を低下させる。借り入れや増税を行えば民間資金が政府部門へ移動し,効率の悪い政府部門がより多くの資金を使うことで経済成長が低下する。EU予算の持続可能性に疑問符が付けばEUへの信頼も失われる。7年の期間からなる中期予算は,近視眼的な発想を抑制するものであるのに,今回は中期予算の枠外で大幅な支出を実現させた。経済の落ち込みよりも,仕組みがあるのにきちんと運用されないという,EUのガバナンス上の弱点がまたもや露呈したことが最大の問題だといえるだろう。
関連記事
川野祐司
-
[No.3581 2024.09.30 ]
-
[No.3355 2024.04.01 ]
-
[No.3236 2023.12.25 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]