世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1973
世界経済評論IMPACT No.1973

民主国家は独裁国家よりも新型コロナ対策が優れているのか?

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2020.12.07

 世界のパンデミックの現象を捉えて,「独裁国家が新型コロナウイルス(Covid-19)の感染をコントロールしやすい」という一部の論議があった。しかし,これは本当なのか?この反論の例は,民主国家の台湾が透明化で先手の防疫対策で民主国家の成功モデルである。

 インド出身で1998年のノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・センは「仮にペストが民主国家と独裁国家に同時に発生した場合,言論と出版の自由を持つ民主国家のほうが適切に対応でき,比較的に破滅的な疫病の情況に陥落せずに済む」という。

 台湾の新型コロナウイルス対策の詳細は,小著の「台湾に学ぶ:新型コロナウイルス対策はなぜ成功したのか?」(『世界経済評論』2021年1・2月号,2020年12月刊)に詳しいので,ここでは論じない。民主国家は国民の一票の選挙によって選出されるので,国家のトップは国民の最大の利益と健康を最優先にしている。

 他方,独裁国家は政権の安定追求を第一に,上から下への命令は得意で,官僚は疫病の実態を過少に隠蔽し,政権の安定を優先にしている。

「武漢ファイル」は何を語ったのか

 2020年12月1日のアメリカのメディア大手のCNNオンラインでニック・ペイトン・ウォルミュ(Nick Paton Walsh)の独占記事「武漢ファイル:リークされた文書から中国の新型コロナウイルスの初期段階での過ちを明らかに(The Wuhan File: Leaked documents reveal China’s mishandling of the early stages of Covid-19)」は,中国内部から入手した文書から権威国家での隠蔽体質が明らかにした。

 CNNの調査の結果は次のようである。

  • ⑴中国当局は楽観的なデータを世界(WHOなど)に提供した。それが世界各国の新型コロナウイルスの誤判の結果になった。
  • ⑵中国の医療システムは感染者の確認診断には平均23日間も必要であった。
  • ⑶内部監査によると,中国の医療施設に資金の不足,人員の不足,士気の低迷,官僚的な統治モデルが,中国の初期の疫病感染の警戒システムを妨害した。
  • ⑷2019年12月上旬,湖北省(武漢を含む)でインフルエンザと疑う感染者が前年比の20倍も多く発生し,異常な状態にもかかわらず,未公開のまま隠蔽した。

 このファイルは湖北省疫病管理予防センターからの文書で,117ページから構成している。香港大学公共衛生学部のウイルス専門家で米国亡命中の閻麗夢博士からの入手したのか否か,それともCNNの記者が別途から入手したのかは,この記事では明らかにしていない。

 新型コロナウイルスの感染情報を中国が故意に隠蔽したと米欧諸国の政府は非難している。他方,疫病の発生当初から前向きに情報開示に取り込んでと中国政府は主張している。しかし,この文書から明らかに中国の隠蔽の事実がわかる。

 具体的に,CNNの記事では2月10日,2月17日と3月7日の実例を挙げている。2月10日に中国政府は全国で累積2478名の感染者がでたと公式に発表している。しかし,この文書では湖北省で累積5918名の感染がわかる。2月17日の公式発表の死亡者数は93人,ところが湖北省の死亡者数は196人の記録がある。また,3月7日に中国政府の公式発表の累積死亡者数は2986名であった。この文書では湖北省累積で3456名になっている。別の報告では2月10日に医療従事者の6名が死亡したが,中国の公式報告がなかった。ここでは注意したいのは,全中国の感染者数と死亡者数はいずれも湖北省の感染者数と死亡者数よりも遥かに少ないことがわかる。中国の官僚は災害や疫病などを過少報告の動機があるとこの武漢ファイルでは指摘している。

 この文書は武漢の病院の李文亮医師の新型コロナウイルスの感染の発生を医師の仲間内で告発し,これが警察から「叱責」の対象になった。2月7日に李は新型コロナウイルスの感染で34歳の若さで亡くなったことも触れていた。

 2019年12月2日のこの週にインフルエンザの感染症例は前の年のこの時期と比べて20倍の増加があった。そのうち,宜昌で6135例,咸寧で2148例および武漢の2032例の感染者が発生したと文書は記録されている。この時期のインフルエンザの症例の増加は湖北省の特有のケースのか,それともこのインフルエンザの感染者のうち,新型コロナウイルスの感染者がこの数値に入っているか,12月の時点では不明という。

「万家宴」と武漢ロックダウン前の大逃亡

 筆者がほかの情報源から入手したものでは,2020年1月から武漢で新型コロナウイルスの感染が発生したが,政府当局はこの情報を“封鎖”したために,1月18日,武漢市中心部の巨大集合住宅地「百歩亭」で4万世帯以上が料理を持ち寄って歓談する伝統行事「万家宴」の会場となった。これが集団感染を招いた可能性があると指摘されている。

 百歩亭のある居住区では,マンション55棟のうち33棟で発熱患者が発生した。別の居住区では,4日間までに少なくとも10人が新型肺炎と診断され,感染が疑わしい患者も30人に達した。地域の病院には発熱の症状を訴えて患者が列をなしているといい,ベッド不足で多くの住民は自宅待機となっていることから,実際の感染者はさらに多いとみられる。

 また,この「万家宴」に参加した関係者の親戚・友人の間に感染が広がり,さらに市内,湖北省と近隣の省へ拡大したと指摘されている。また,1月23日,人口1100万の武漢市が突如に封鎖され,封鎖する情報を聞いて約50万人が全国各地に“避難”することになり,それが全国に新型コロナウイルスを持ち込むようになった。

 その後,2月に湖北省党書記の蒋超良と武漢市党書記の馬国強が解任された。新型コロナウイルスが発生したために解任された場合,前にも述べたように,独裁国家は政権の安定追求を第一にし,官僚は疫病の実態を過少に隠蔽し,政権の安定を優先にしている体質が生まれる。なぜならば,地方のトップは過少報告すると「解任」されない可能性があるからだ。

 ところが,12月4日のジョンズ・ホプキンズ大学による世界各国の新型コロナウイルスの感染数を見ると,アメリカの1414万人,インドの957万人,ブラジルの648万人,ロシアの238万人とフランスの231万人がワースト5であり,日本の15万人と中国の9.1万人になっている。

 「武漢ファイル」の論述が真実の場合,中国の14億人の人口,最初の感染国で全国に伝染し,未知の疫病でワクチンがない時期,また,日本の感染者数よりも少ないなどから考えると,恐らく中国の感染者数は異常に「過少報告」であると気が付き,隠蔽の可能性を否定することができない。

民主国家と独裁国家の違い

 2011年7月23日温州に中国高速鉄道の衝突・脱線事故発生した。温州市政府の発表によると死者は40人とされる。しかし,中国の鉄道部は摩訶不思議な行動を行った。事故に遭った車両は,事故現場の高架下に大きな穴を掘り,すべて埋められた。この様子が中国のテレビ局から放送され,国内外で事故の隠蔽でないかと論議を招いた。

 民主国家の場合,事故車両は保守工場に持ち帰り,事故の原因解明を行い,同時に自動ブレーキシステムなどの安全装置を開発し,技術進歩をもたらすビヘイビアーが働く。

 これも民主国家と独裁国家の最大の違いと考えられる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1973.html)

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