世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
無力化して行く米国の経済制裁
(国際経済労働研究所 所長・京都大学 名誉教授)
2020.11.02
金融制裁の主力であったSWIFT
SWIFT(国際銀行間金融通信協会。Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunications)は,これまで経済制裁,なかでも金融制裁の主力として,米国によって多用されてきた。
1990年代に入ってから,米国は経済制裁を急増させてきた。第一次世界大戦以降に米国が発動した170件に上る経済制裁のうち,50件は90年代に実施されたものである(Baldwin[2000], p. 80)。
その制裁内容も,国連などとの共同歩調ではなく,米国単独で発動するケースが多くなっている。アンゴラ,アフガニスタン,イラン,インド,カンボジア,北朝鮮,キューバ,シリア,スーダン,ナイジェリア,ミャンマー,パキスタン,リビアなどを対象に発動した制裁がそれに当たる。
一口に経済制裁といっても,多くの手段があるが,もっとも効果的なものとして多用されてきたのが,経済制裁の対象国の金融機関をSWIFTのシステムから遮断することである。
米国とSWIFTとの連携を示すことが、2018年11月5日にあった。この日,トランプ政権はイランに経済制裁を課すと声明した。それを受けたかのように,SWIFT本部も,同日,イランの銀行をSWIFTの国際送金網から遮断すると発表した。
それ以前から、ムニューシン米財務長官はイランへの資金の「抜け道」を防ぎ,ミサイル開発やテロ支援の資金を断つイラン制裁の効果を高めるため,SWIFTにイランの金融機関を送金網から排除するよう要求していた(『日本経済新聞』2018年11月6日,朝刊)。
米国による一方的な経済制裁は,ほとんど効果なく,米国経済に多大の損害を与えているだけだと議会でロビー活動をする団体(「米国エンゲージ」,USA Engage)がある。参加メンバーは650団体を超える。一方的な経済制裁は,米国が様々な分野で関与(engage)することによって得られる利益を台無しにしてしまう。制裁が貿易,投資,雇用機会を喪失させるうえに,制裁対象国の市場が他国の企業に奪われると彼らは主張する(http://www.usaengage.org/?id=1)。事実,経済制裁の効果は疑わしいという研究も近年増えてきている(http://207.238.152.36/HOTOPICS/SANCTION/execsum.htm)。効果が皆無に近いことは,米国の為政者には知られている事実である。それでも,一方的な経済制裁を乱発しているのは,国内のナショナリスティックなポピュリストたちからの受けを狙った政治的なパーフォーマンスなのだろう(ここまでの叙述は,星野敏也「アメリカの経済制裁とビジネス」に依拠させて頂いた, https://ci.nii.ac.jp/author?q=count=&sortorder)。
SWIFTのGPI
米国の経済制裁の効果が薄れた原因は,上記のものだけではない。ブロックチェーンを駆使する新しいフィンテック企業による国際的銀行網への挑戦がある。これがこれまでの経済制裁のかなめ(要)であったSWIFTの力を削ぐ可能性がある。
SWIFTの提供する従来のシステムは,運用面で完璧ではなく,国際送金に時間がかかり過ぎるうえに,銀行間通信も正確さに欠けていたという問題点がある。そこに、はるかに正確さ、時間効率に優れたブロックチェーン技術を活用し銀行間送金に特化した存在(フィンテック企業)が出現したのである。
危機意識に駆られたSWIFTが新しく取り組んでいるのが,「国際送金のイノベーション」(GPI,Global Payments Innovation)の開発である。フィンテック企業と同じようなブロックチェーン技術を組み込んで,すべての銀行,通貨,国に展開する目標を掲げている。
ノストロ・アカウントのリアルタイム管理が実現すれば,銀行は決済に必要となる正確な金額を把握することができる。ノストロ・アカウントとは資金決済を行う当事者が外貨建てで保有する決済口座のことである。銀行間の外国為替取引では,この決済口座で,外貨の決済口座を相手銀行に告知することになっている。これまで金融機関はノストロ・アカウントを世界各国・地域に保有することで国際決済の流動性を維持してきた。しかし,国際決済の増加に伴い,管理・モニタリングが困難になっている。現時点ではリアルタイムの管理は不可能という致命的弱点がある。
取引量が激増したためである。世界の決済市場規模は,2018年に約1.4兆ドル,2028年には2.5兆ドル規模へと拡大すると予想されている(https://www.bcg.com/ja-jp/press/19december2019-global-payments-tapping-into-pockets-of-growth)
SWIFTは,2019年01月30日に,ブロックチェーン企業R3の提供する「Corda」と「SWIFT GPI」との統合を目指す実証実験を開始した。このシステムは「GPI Link」と呼ばれ,複数の取引プラットフォームをシームレスに接続しながら,GPIによる支払い,クレジット確認を可能なものにしようとしている。
しかし、ブロックチェーン技術だけでなく、多くのIT分野での欧米のレベルは、中国からはるかに遅れている。技術の世界はブランド力だけでは通用しない。中国はSWIFTに対抗する意図で,すでに,CIPS(Cross-Border Inter-Bank Payments System)を大規模に樹立し,その中に「デジタル人民元」(DCEP, Digital Currency Electronic Payment)の実用化の実験を2020年10月に広東省深圳市で市民5万人が参加する実証実験を成功させている。
いまの段階で、軽々に断定することは危険だが,ブロックチェーン技術の実用化では米国よりもはるかに前方を行く中国のCIPSは,ますます米国が頼ってきたSWIFTを弱体化させると私は感じている。
[参考文献]
- Baldwin , David A [2000] "The Sanction Debate and the Logic of Choice ", International Security, vol.24, no.3.
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