世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
経済制裁の国際政治経済学:米中間の攻防を瞥見してみる
(立命館大学 名誉教授)
2020.10.19
米中間の攻防が熾烈を極めている。トランプ政権の誕生以来,相互の輸出を牽制し合う序盤の攻防が続いていたが,今年になって中国が香港の民主化運動を弾圧する「国家安全維持法」を6月30日に施行するやいなや,間髪を入れずに米議会は「香港自治法」を可決し,トランプ大統領が7月14日に署名して,成立をみた。以来,トランプ政権は矢継ぎ早に対中経済制裁を連発している。とりわけその焦点はIT産業に集中していて,それらが最新鋭かつ軍事転用可能な両用技術だということを理由に,中国に流出することを国難といわんばかりに喧伝している。もちろん,中国側も反撃にこれ努めていて,今や両者の攻防は白熱している。もっとも目下,アメリカは大統領選挙の最終盤なので,選挙結果によって,その鋭鋒や矛先に多少の変化がおこることは予想されるが,中国の台頭を恐れるアメリカの対中警戒心と中国側の「製造強国」作りの基本に狂いはないだろう。そこでアメリカの経済制裁の特徴と問題点のいくつかについて少し考えてみた。
第1にアメリカの経済制裁は個人と企業を特定し,その在外資産の凍結や取引の禁止を命じているが,それが厳格に守られることをアメリカと取引関係のある国と企業に要求し,かつ常に監視を怠らない。その際に今日のグローバル化された世界においては,企業は多数の国に海外子会社や提携先を持つのが常道である。経済制裁はこれらの海外子会社やその提携先にまで及ぶことになる。誠に執拗なものである。そうすると,アメリカの対中制裁は米中二国間の取引関係ばかりでなく,第三国を含む世界中の取引関係にまで及び,グローバルな経済関係の広がりと発展の勢いを殺ぐことにもなりかねない。
第2にその極致はコルレス関係を通じるドル取引の全てに及ぶことである。今日,国際通貨としてのドルの利用は圧倒的かつ支配的で,たとえ他国通貨間の取引であっても,いったんはドルを媒介にしてアメリカの銀行口座を利用するのが通常である。その方が取引がスムーズに行き,かつ資金運用も潤沢になるからである。だがこれらの全てにまでこの経済制裁は及ぶことになる。そうすると,経済制裁の対象にされた企業や個人はドル決済を一切行えないことになる。しかもそれを徹底させるために,SWIFT(国際銀行間通信協会)を利用して,そこに記録されるあらゆるドル取引を見守るという御念の入れ方である。
第3にその科料が極めて厳しいことである。何年にも及ぶ取引排除は無論のこと,巨額の制裁金や有無をいわせぬ投獄が待ち受けている。そして世界の隅々にまで,アメリカの司直の手が伸びていくことになる。その制裁金の収納を担当するOFAC(財務省外国資産管理室)やNYDFS(ニューヨーク州金融部)は執達吏さながらに八面六臂の活躍をしている。
ところで,これほどに徹底した経済制裁だが,その成果はどうであろうか。アメリカ財務省の担当部局の専門家によれば,経済制裁の成功率は約3分の1から5分の2程度だと推定している。思ったほどの成果を上げていない。それどころか,その網の目をすり抜ける相手側の巧妙な対抗策もまた巧緻を極めてきている。そうなると,制裁を通じる正義の実現を目的としているが,その実,集金を通じる実利の追求にこそ,その余得があることにもなりかねない。この路線を追求したオバマ=ヒラリー政権は武力行使によらない「スマートパワー」と自賛したが,トランプ政権下では事実上仮借無き「タフパワー」に変貌してきている。
さらには重大な問題点も浮上してきている。第1にドル取引の監視に典型的にみられる,アメリカ国内法の事実上の域外適用(extraterritorial)をどう見るかである。これは対米進出企業へのアメリカ国内法の適用と合わせて,アメリカの司法の世界大での広がりと強制を生み出す。第2にこの制裁が徹底を急ぐあまり,正確さを欠いていないか,過度の行き過ぎがないか,さらには人権侵害や冤罪を生まないかどうかといった深刻な問題である。
さて事態は経済制裁を経済のカテゴリーに限定して考えることも,政治ドラマの一環としてみることも,いずれも一面的で政治と経済の相互作用として把握する国際政治経済学の有効性を改めて確認させているが,ここでは貿易摩擦の際に適用した経済摩擦の政治化という枠組みとは異なるものがある。むしろ,政治過程の経済化・金融化という反対の枠組みが浮上してくる。そうすると,目下の米中間の政治・軍事・経済に跨がる摩擦・軋轢を経済制裁から見ると,一般に流布している姿とは異なる実相が見えてくるはずである。それはポストアメリカンヘゲモニーの時代の実相を映し出す格好の鏡となろう。
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