世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1905
世界経済評論IMPACT No.1905

日本の再生に国家戦略計画を

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2020.10.05

米中戦争の中での日本の国家戦略計画はどうあるべきか

 中国が,共産主義体制で人権を無視し,少数民族を迫害し,言論の自由もなく,国民を抑圧しながら仕事をさせ,他国の知的所有権を盗み,超限戦争で他国を侵略していることに対して,2020年8月トランプとポンぺオが中国に「宣戦布告」をした。そしてアメリカは,イギリス,オーストラリア,カナダ,インドと連合して中国と闘うことを宣言した。オーストラリアは,ここ20年中国と経済交流を深めてきたが,中国がオースラリアを「超限戦」で侵略していることに気付き,2年前に中国と決別することにした。チェコもこれまで親中であったが,2020年7月になって中国と離れる動きをし始め,台湾を独立国家として認めようとしている。

 こうした中でアメリカも「国家戦略計画」を発表した。いろいろの法案を制定して,中国への制裁,経済デカップリング,中国封じ込め「クリーンネットワーク・ポリシー」(中国系の機器,アプリをアメリカのネットワークから排除する)を宣言した。同時に中国とビジネスをする国にも経済制裁をすると言っている。

 トランプとポンぺオは,現状を冷静に分析して,自分を過大評価しないで,「アメリカにとって,中国はソ連よりも手強い」とみており,「現在起きていることは『冷戦2.0』ではない。中国共産党はソ連がやらなかった方法で我々の経済,政治,社会に既に入り込んでいる」と言っている。その上でアメリカ自身の国力の強化することを宣言した。(1)アメリカの経済を強化する。(2)アメリカの価値を守る。(3)アメリカのセキュリティを強化する。(4)軍事力を強化する。(5)中国に対するための同盟国を強化する。更に8月15日トランプは「通信機器に関する国家安全保障に関しての大統領令」を出した。こうしたトランプ,ポンぺオの政策は,アメリカの両議員,共和党,民主党で承認されている。

 日本は,これまで中国と手を組んでビジネスを拡大してきており,親中派のものが政界,財界,学術界に多くいる。中国は,ここ10年「超限戦」という「静かなる侵略」で膨大な金と工作員を投入し日本を侵略してきている。日本政府はこれに気付かなければならない。こうした国際情勢の中で日本はどう動くべきかを決めることを迫られている。

 国防ということにたいして,日本の国民も政治家もある勘違いをしている。日本は日米安保条約でアメリカに守られているので,戦争はないものだとし,「国防」を視野に入れないできた。しかしアメリカ経済が衰退してきて,アメリカのオバマも日本を守らないと言っていたし,トランプも日本のアメリカ駐留軍を縮小すると言っている。

 こうした現実の中で,これからの日本の「国家戦略計画」を建てなければならない。米中戦争,先端技術戦争,自由と民主主義国と全体主義国との攻防という世界の情勢を客観的に分析し,軍事的,経済的,政治的な要素を分析評価し,世界の国家間の力関係を考え,そのバランスを正確に把握し,世界の動きの勝ち組に入り込み,自らの国力に応じた利益を主張し,同時に他国との共通利益の増進を思慮して,敵を孤立せしめ,未然に紛争の芽を摘み,日本の拡大発展を図る「国家戦略計画」を作成しなければならない。これを政界,官界,産業界の戦略計画とすり合わせ統合し,確実に目的を達することのできる「国家戦略計画」にしなければならない。

 この国家戦略計画の策定は,これまで日本がやったことのないタスクであるが,やらなくてはならない。今の日本には,アメリカと中国を天秤にかけて,米中戦争の漁夫の利を得るという態度はあり得ない。

アベノミクスは何であったか

 「国家戦略計画」という観点からみて,アベノミクス経済政策はどうであったか。安倍内閣はお題目として(1)金融政策,(2)財政政策,(3)成長政策という三つを並べた「アベノミクス計画」を作ったが,この三つの項目の中身がないし,三つのものの整合性の検討がなされていない。この「アベノミクス経済計画」は「国家戦略計画」ではない。

 (2)は財務省の「緊縮財政主義」に縛られ殆ど実行していない。(3)は産業政策としては殆どない。挙げているのは「観光立国・インバウンド政策」,「クールジャパン」,「原子力発電機器の輸出」,最近の「マスク二枚」,「GoToキャンペーン」などであり,カネをかけたが殆ど効果はなく,失敗している。唯一つ実行したのは,2%のインフレを目指した(1)の黒田日銀総裁の「異次元の金融緩和」である。しかしこの膨大な金は日本の産業活動の中にはあまり入っておらず,株価のつり上げに使われ,多くのものは外国で運用されている。その結果は,25年間のデフレという結果をもたらし,日本の国力,産業力,民力は衰退してきた。安倍総理の言う「美しい国になる」「瑞穂の国の資本主義国になる」というスローガンは何の意味もない。

 経済について言えば,資本主義経済活動の動きを「歴史的」と「論理的」に分析すると,いろいろの因果関係による経済現象の法則が分かる。この法則をベースに考えると,資本主義経済の発展はイノベーションにより進むものであり,内需を拡大するにはどうしたらよいか,デフレは何故起きるのか,デフレを脱するにはどうしたらよいか,国民を豊かにするにはどうすればよいか,国の経済力を強化するには何をしなければならないかということが分かっている。こうした経済の動きのモデルをもとにして国家の「経済発展戦略計画を策定」しなければならない。官邸の経済学者は,経済のいろいろの指標を「相関関係」で見ており,論理的,歴史的な「因果関係」で見ていないので,的外れな政策を出してしまう。

 つまり政府には,成功するための「国家戦略計画」がなかったのである。2018年10月に景気が下降し始めたのに2019年10月に消費税を上げてみたり,東日本災害のあとで災害復興税を徴収したり,安倍首相は産業界に賃金の引き上げを要請しているのに,移民をどんどん入れたり,非正規社員制度を拡大することにより賃金を下げている。2020年7月厚労省の審議会は「最低賃金」を引き上げないとした。国内市場はデフレで縮小しているので,日本産業に海外へ工場を移すことを奨励した。これで産業の空洞化が起こり,国内の職場が減り,ますます内需は小さくなり,GDPは下がる。こうした頓珍漢な政策をし続けている。日本政府は真剣に日本の経済政策を考えていないようだ。

 かつて池田内閣の時「経済企画庁」が「国民所得倍増計画」という国家戦略計画を策定し,日本経済を大きく発展させたが,今日では本当の「国家戦略計画」を策定する部門がなくなった。官邸は思い付きで,動物の反射神経的に,いろいろの政策をやっているが,カネの無駄使いになっている。

 財務省と経済産業省,他の省は,かつての陸軍と海軍のように,仲が悪い。しかも財務省は財布の紐を死んでも緩めないということで抵抗している。政府は,国からの給付金や補助金などのプロジェクトで,ピンハネするいろいろの利権屋を作り,国民の税金がドブに捨てられている。コロナ禍対策でも,厚生省,専門家委員会,経済産業省,財務省,都県の地方自治体などが縄張り争いのようにそれぞれ勝手なことを言い,政策を出したり引っ込めたりと大混乱をしている。

 日本の経済を良くするという点で,「経世救済」という意味で,単にGDPを拡大する,生産性を上げる,デフレから脱することだけではなく,食料安全保障,エネルギー安全保障,環境調和,社会インフラ,通信インフラ,国防という観点からの「総合戦略計画」を策定しなければならない。

 日本政府と日本産業は1990年からのグローバル化の行き過ぎが日本の経済社会をおかしくしたことに気付いていない。これを認識し,改めなければならない。先進国はこれに気付き,既にポスト・グローバル化に動き始めている。

日本産業にも必要な「経営戦略計画」

 日本の産業が1990年以降衰退してきたのは,成功する「経営戦略計画」を策定できなかったからである。最近の日本企業は,新しい技術・産業の開発計画はなく,生産性向上投資もしないで,内部留保を貯めこんでいる。経営者は,「選択と集中」と称して,儲からない事業部門を閉鎖,売却するのが自分の仕事だと思っている。品質を売り物にしていた日本の自動車も,最近,欠陥・品質問題によるリコールが増大している。こうして日本の家電産業,半導体産業も消えてしまった。企業では声の大きい「現場部門」が牛耳り,企画部門,研究部門は隅に追いやられる。社長のリーダーシップが弱い。「創業者的経営者」がいなくなった。

 今日の企業経営における仕事は,単に利益を上げるとか,生産性を上げるとか,株価を上げるとか,単純に売上を拡大することではない。社員のため,顧客ため,社会への貢献のためにどのような仕事をするかである。これからのデジタル社会,インターネット社会,AI社会のなかで,ビジネスとしてどのような仕事を創造するかである。そして日本産業が弱い「ソフトビジネス」「データーベースビジネス」,「プラットホームビジネス」をどのように展開するかである。

 そのためには米中を含めた国際政治的な環境の変化,地政学的変化の中で,高いビジョンを掲げ,日本産業をどう発展させていくかの「経営戦略計画」を作らなければならない。これには創業者的な社長の強いリーダーシップが必要になる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1905.html)

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