世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
崩れるアラブのパレスチナ解放の大義:イラン,トルコの圧迫がもたらす分裂
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2020.10.05
UAEを皮切りに湾岸諸国のイスラエルとの国交正常化の波が起こっている。UAE,バーレーンは先月15日共同でイスラエルとの合意文書に調印した。オマーンもUAEとバーレーンの動きを歓迎し,次にイスラエルと国交正常化する湾岸国家と目される。イスラエルはモサドの工作員を使い,長年これら湾岸諸国と秘密裏の交渉を重ねてきたことが明らかになっている。イスラエルと交渉すること自体がタブーというアラブ国家としての建前から陰謀めいた交渉劇が繰り広げられたが,それが今隠す必要もなくなりついに日の目を見たのである。
イスラエルとアラブ諸国の国交正常化は軍事分野での協力関係構築,先端技術分野の交流,観光業活性化のための直通便運航等,アラブの大義より実利を優先した結果と言える。政治的にはイラン包囲網形成のためとも解説されている。それより差し迫った共通の脅威がアラブ諸国にある。それはトルコの膨張主義である。確かにイランはシリアにイラク人中心のシーア民兵を送り,レバノンのヒズボラやイエメンのザイド派勢力等を支援しているが,軍事顧問団の役割を果たす革命防衛隊の将校,小部隊を除けば自国軍を駐留させていない。一方のトルコはシリアに大規模な部隊を駐留させ同国北部を事実上併合している。またイラクにも同国政府の許可なく進駐し多くの基地を建設し,その国土,国民へ空爆を続ける。今年始めからはリビアにも軍を送るとトルコ大統領エルドアンは発表し,2万人以上のシリア人傭兵を送り対テロ作戦を担うリビア国民軍の前線を後退させてきた。リビア情勢はイスラム勢力に支えられる暫定政権をトルコが支援し,それを打倒しようとするリビア国民軍はエジプト,UAE等が支援する形になっている。トルコはサウジとカタールの対立激化の際,カタールを支援したことで同国を湾岸における橋頭保とした。サウジはこれを湾岸諸国政治へのトルコの介入とみなし,以来トルコを敵国とみなしている。サウジは昨年,オスマン帝国による湾岸統治に関する教科書の歴史記述を「トルコの占領」と変更した。サウジと敵対するカタールは反イスラエルのトルコに配慮してか,イスラエルとの国交正常化に慎重な姿勢を示している。
それはこれまでのアラブ諸国の連合であるアラブ連盟の非難決議にも現れている。アラブ連盟はUAEとイスラエルとの国交正常化を非難する声明を決議できなかった。一方トルコに関しては6月イラクにおけるトルコ軍の軍事作戦を非難したり,昨年10月のシリア侵攻についても非難してきた。
トルコは2018年から東地中海の海底ガス田開発に着手し,周辺諸国との対立を深め軍事衝突の危機が高まっている。前述のトルコ軍のリビア進駐も東地中海におけるリビアの排他的経済水域の権利をトルコが自由に侵害できるようにすることが目的だ。イスラエルはまた東地中海におけるトルコ包囲網の一角を占める。イスラエル,ギリシャ,キプロスは1月2日,東南地中海における海底パイプライン管理に関して合意する等,トルコの侵略に対抗すべくアラブ諸国含む地中海諸国と連携を模索する。先月22日にはエジプトに拠点を置く東地中海諸国の協力機構の立ち上げに名を連ねている。イスラエルは不俱戴天の敵ではなく共通の脅威に立ち向かうための同志となりつつある。
そもそもアラブ諸国にとってパレスチナ問題は,本質的に自国の利益に直結しないどうでもいい問題である。これまでのアラブ諸国のパレスチナ問題への取り組みを見る限り,一度たりとも真剣にパレスチナのことを考えたことはなかったと言える。アラブ諸国はその時々の国内外のアピール材料としてパレスチナを消費してきただけであった。例えばエジプトは,数度の中東戦争においてアラブ諸国軍の主力を担ってきたが,隣国イスラエルとの不毛な対立の不利益を悟るとサダト時代早々にイスラエルと国交正常化を果たした。そもそもパレスチナ側の言う1948年の「大災害」自体,パレスチナのアラブ人によるユダヤ人襲撃と,アラブ諸国のパレスチナ侵攻によって引き起こされたのが事実だ。イスラエルとパレスチナの領域については交渉が続けられていたにも関わらず,イスラエルがアラブ諸国軍を打ち破ったことでついでにパレスチナも軍事的に占領することになった。最初からアラブ諸国はパレスチナ人の運命を翻弄してきた。そして今,パレスチナ解放という虚構の大義は,トルコの膨張主義という新たな脅威を前に一気に崩れさったのである。
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