世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1864
世界経済評論IMPACT No.1864

東地中海問題は戦争へと向かうのか

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2020.09.07

 東地中海でギリシャとトルコの開戦の危機が迫ると報じられている。7月末トルコは一時東地中海における掘削作業を中断すると発表し一瞬東地中海は緊張緩和に向かうと見られた。エルドアンは8月に入り直ぐ掘削作業を再開すると発表し,その期待は直ぐに消し飛んだ。8月12日,トルコとギリシャの軍艦が衝突するという重大事件が発生。21日エルドアンは黒海で過去最大規模の埋蔵量を誇るガス田を発見したと発表,周辺国と紛争を抱えながら東地中海における天然ガス資源に拘る理由も無くなるかのように見えるが,エルドアンは東地中海の資源開発を進めるといい譲らない。トルコは東地中海における探査・掘削作業を延長すると発表,また東地中海で射撃訓練を中心とした軍事演習を行うと発表し,これに猛反発したギリシャとの軍事的緊張が高まっている。

 欧米諸国はギリシャ独立戦争時の如く,トルコのスルタン気どりの暴虐に曝される小国を救うべく続々と東地中海へ集結する。アメリカは地中海に軍艦を派遣,ギリシャ海軍と軍事演習を実施した。ギリシャ,キプロスの防衛力向上のため支援を続けてきた。米議会は昨年既にキプロスへの武器禁輸法案廃止に向けたプロセスを進めていたが,このほど段階的に武器禁輸措置を解除していくことを明らかにしている。アメリカはトルコに対し積極的措置を取ることを好まず,米軍のプレゼンスによるトルコの暴挙の抑止と同盟国への武器支援にとどめている。フランスもまた東地中海問題への関与を深める。8月13日,フランス海軍とギリシャ海軍は合同軍事演習を実施,トルコの掘削船とそれを守るトルコ海軍の艦船を威圧した。トルコも対抗するかの如く22日,海空両軍部隊の軍事演習を実施。26日から28日には,ギリシャ,キプロス,フランス,イタリアは合同軍事演習「エウノミア」を実施し,トルコの野心に対抗する国々の結束力を見せつけた。

 しかし果たしてトルコは戦争も辞さない構えなのか。ドイツの新聞はエルドアンが軍幹部との協議の中で,ギリシャ側に死者を出すことなく軍艦を沈めることはできないかと打診し,軍幹部がそれを拒否するというやり取りがあったと報じた。記事はエルドアンと軍幹部のやり取りからトルコはもはや戦争をも恐れないという結論を導いているが,一方そのやり取りからトルコはまだ戦争を恐れているとも推測できる。エルドアンが死者を出さないことに拘っているのと,軍幹部の拒否が強硬論により覆されたとは記述されていないからだ。ギリシャ側に死者さえでなければ衝突がエスカレートすることもなく,国内向けに強い指導者像をアピールできる,とエルドアンは皮算用をしていたのかもしれない。トルコ,ギリシャとも相手の一撃を待っていることは疑いない。トルコがギリシャ,キプロスといった小国を恐れているわけもなく,だからこそ挑発行為を続けているわけだが,欧米諸国と戦端を開くことは是非とも避けなければならない事態である。ギリシャが先に攻撃すればトルコ側に多少の正当性も生じ欧米諸国が軍事介入することは難しくなるだろう。逆のギリシャ側もまた然りである。ギリシャは単独でトルコに対峙できるはずもないが,背後に巨大な同盟諸国がいるからこそ強気に出られる。

 今後も根本的問題の解決に着手されることなく,軍事的緊張は一時的に緩和されたり,またトルコの挑発によって高まる状態が続く。戦争へと至るにはトルコが欧米に対するたがを外さなければならない。シリア難民をだしにした脅迫によりトルコへ及び腰だったEUは軍事危機を前に本格的に制裁を検討しているとトルコへ警告した。EU,アメリカが制裁に乗り出せば事態はさらに一歩進むだろう。そこでトルコが踏みとどまるか,日米戦争に踏み切ったかつての日本のように越えてはならない一線を越えるかが焦点だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1864.html)

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