世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1858
世界経済評論IMPACT No.1858

日本再興の原点「国創りは人創り」:李登輝元台湾総統の日本精神に学ぶ

三輪晴治

(エアノス・ジャパン 代表取締役)

2020.08.31

 李登輝氏は,戦前の日本人は「日本精神」を持っていたという。だから殆どの台湾人は日本と日本人を大変尊敬してし,好きであった。「日本精神」とは,「規律正しさ」「毅然とした態度」「やさしさ」「正義感」「冒険心」というように理解されていた。これは日本の「武士道の精神」である。これは,李登輝氏の言われる「私でない私が私である」という言葉に通じている。日本にも「もののふのやたけ心のひとすじに身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉があるが,私には李登輝氏の「私ではない私」という言葉のほうがが心に良く座る。

 私は,李登輝氏,林氏.施氏から聞いた李登輝氏の「日本精神」とその考え方に感動し,私なりにこれを体得しようとしました。ある仕事で決断をするとき,先ず「自分を消し」て,それから顧客,社員,会社,社会を頭に浮かべながら仕事の筋道を決めると成功することを経験している。また台湾でプレス金型製造の合弁会社を創ったとき,ある問題に遭遇した。その時この言葉をお思い起こし,相手のパートナーの立場に立ってみて,それからこの事業を成功させる道は何かを考えた時,良い考えが浮かび,その仕事の「覚悟」ができた。

 新製品の開発のときも,自分の利害を忘れて,「会社のためになる,社会のためになる事業の在り方」を考えると,良い方策にたどり着いた。「自我」,「私心」,「こだわり」を捨てると先が読め,良いソリューションが見えてきて,技術の「理論限界」に近い性能が出せる強力な商品になる。つまり自分の出世とか,単に自分の部門ためとか,会社の利益だけを考えるとその仕事はおかしくなる。いろいろの人種の集まっている現在の私の会社も,この考えで仕事を進めているが,社員はよくついてきてくれる。

「日本精神」を捨ててしまった日本人

 李登輝氏は総督を退任されてから,しばしば日本を訪問されたが,日本経済の衰退,日本産業の衰退を見て,「最近の日本人は日本精神を捨ててしまった」と嘆かれた。日本産業が衰退したのも,日本人は自分の利益のみを追求し,企業を発展させよう,国を発展させようという考えを無くしてしまっているからと李登輝氏は見られている。外から日本を見ると,それがよくわかるのであろう。

 日本の官僚は,日本経済が発展した1960年から1980年ぐらいまでは,自分が日本経済を良くするんだという「私心を捨て」て仕事をする気概があった。私も1965年から1975年ころ経済企画庁の人や,通産省の人と話をしていたが,そこに気概と情熱を感じた。そのころのホンダやトヨタの人も,日本の自動車産業を世界一にするという意気込みを持っていた。四輪車を出す前のホンダの埼玉工場で,係長クラスの人が「世界のホンダになるのだ」と社長のような話し方をしていたことを思い出す。アメリカは,この日本の官僚,経済企画庁が日本経済を強力なものにしたと認識していた。そのためアメリカは日本の「経済企画庁」を解体させてしまった。

 戦後アメリカのGHQは,日本を再びアメリカに刃向わないような弱い国にするために,「日本精神」を取り除き,日本の教育も変えてしまった。

 だが1980年頃から,日本がアメリカにそそのかされてグローバル化に走ってから,政界も,産業界も日本の国を発展させるとか,国民を豊かにするとかいう考えを捨て,自分の利益,保身のために動くようになった。大企業の経営者は,自分の会社の利益のために世界で最も安い労働賃金を求めて世界に出ていき,工場も海外に移した。非正規社員制度で労働者の賃金を更に下げ,利益を追い求めてきたが,企業のモラルは破壊され,ますます企業の弱体化が進んでいる。そしてこの20年のデフレで日本人は鬱になり,企業も内に籠り,開発投資を止めて,内部留保を貯めこんでいる。こうして冒険心も正義感を失い,「日本精神」が内部から壊れてしまった。

 「日本精神」を良く知っている台湾の人は,最近の日本人は「正義感」,「冒険心」,「気概」も「愛国心」もなくなってしまったと言っている。日本では「愛国心」ということばが嫌われるようになっている。そして私心を捨て,大儀をもって仕事をする日本人がいなくなったようだ。

 官僚は,自分が天下りするための機関,組織を作り,そして天下りできるような大企業に補助金を与える。今日の日本の官僚は,日本を発展させるという考えもビジョンもなく,自分の出世のことしか考えない,自分の省のために動き,自分の保身のために公文書を改竄し,嘘もつく。発言も行動も責任を取らされないようにしているために,新しいチャレンジをする動きはしない。政治家も同じである。最近の日本の国会での議論を見るとそれが良く分かる。日本の国を豊かにし,国民を豊かにしようと誰も考えなくなってしまった。「今だけ,自分だけ,カネだけ」で動いている。今の日本の政権は,検察庁を配下に置こうとし,官僚の人事権を握る自民党の一党「独裁国」のように振舞っている。政治家は自分の選挙のために動いていり,自分の派閥や利権のために動いている。国家のため,国民のためではない。

日本産業の衰退

 1980年ころからアメリカの尻馬に乗り,グローバル化に走ってきたが,それから日本経済は衰退し,この20年はデフレで日本だけが落ち込んでいる。デフレの行き過ぎが「日本精神」を消してしまった。衣食が足りず礼節を失った。かつては日本産業の国際競争力は1位か2位であったが,この30年でどんどん後退し,今では32位に落ち,韓国にも抜かれた。日本の家電産業も半導体産業も消えてなくなりつつあり,通信機器産業,鉄鋼産業,造船産業も衰退し,ただ一つ自動車産業のトヨタが頑張っているが,これもこれから自動車産業のパラダイムシフトが起こる中では本当に生き残るための戦略がまだ描けていない。

 かつて日本産業の発展を牽引してきた東芝も三菱も日立も,これからどう生き抜いていくのかの筋道が見えないと市場から言われている。「集中と選択」で儲からないところを売却するか大きな市場の中国に依存するという政策しかないようだ。目先の利益を見て経営者は自分の任期のことをしか考えなくなり,企業の長期的な発展の戦略がない。大きなビジョンがない。ビジョンがないので社員もどう動いてよいか分からない。皆「自分だけ,今だけ,カネだけ」で動くようになる。

 グローバル化が経済を停滞させ,国内の産業構造を破壊させてしまったために,先進諸国はポスト・グローバルに舵を切っているのだが,日本は未だにグローバル化を進めており,賃金を抑え,教育費を削り,科学技術研究費も削り,消費税があげられなければ社会福祉費を削るという政策を進めている。日本は,大学を独立行政法人にして,大学の給付金を削り,自分で儲けるようにさせているため,大学では科学技術の研究が衰退し,企業はデフレのために研究開発投資をしなくなり,産業力,国力はますます衰退してきている。

 この米中戦争のなかで,日本はどう生き延び,どのように日本国を発展させ,日本国民を豊かにするかを考えなければならないのだが,これをやるには李登輝氏の「私でない私」になって,私心を捨て,国のため,国民のためにはどうしたらよいかを考え,行動する必要がある。正義感,気概,冒険心という「日本精神」を持たなければならない。後藤新平が台湾でやったように,日本人の心を育てるために,教育に大きな投資をすべきである。国を創ることは人を創ることである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1858.html)

関連記事

三輪晴治

最新のコラム