世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
米国の中国に対する戦略的アプローチ
(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)
2020.06.22
トランプ政権は5月20日に「中国に対する戦略的アプローチ報告書(以下,報告)」を発表した。米中対立が激化する中での発表であり,日本では全面対決,強硬姿勢,新冷戦など米中対立を強調する報道が行われた。まずは,「報告」の中の中国の脅威と米国の対抗策の部分をみてみよう(注1)。
3つの挑戦と4つの対抗戦略
「報告」では,中国が経済,価値,安全保障の3分野で米国に挑戦し脅威となっていると述べている。①経済では,技術移転強制,米企業へのサイバー攻撃など略奪的経済慣行,模倣品による合法的なビジネスの数千億ドルの被害,一帯一路による不透明な融資と受入国の財政悪化などを指摘している。②価値では,一党独裁制,国家主導経済,個人の権利を抑圧する中国のシステムが西側先進国のシステムに勝ると主張し,米国の価値への挑戦を中国はグローバル規模で行っていると分析している。③安全保障では,東シナ海,南シナ海,台湾海峡などでの中国の行動,軍事民間融合による最新技術を開発し獲得している民間組織への自由なアクセスなどを批判している。
中国の挑戦に対して米国は,2017年国家安全保障戦略の4つの柱で対応している。すなわち,①米国の国民,国土と生活様式を守る,②米国の繁栄の推進,③力を通じての平和の維持,④米国の影響力の向上であり,「報告」では具体的な行動が例示されている。①では,経済スパイの摘発,外国投資リスク審査現代化法の強化,輸出管理規制の強化,②では,強制的技術移転と知的財産侵害に対する制裁関税,第1段階の経済貿易協定合意で中国が2000億ドルの米国産品を今後2年間で輸入することなどがあげられている。③では,三元戦略核戦力の現代化を進めること,航行の自由作戦,台湾への100億ドルを超える武器売却,④では,宗教的自由を進める閣僚会議の開催,国際宗教自由連盟の発足,香港の高度の自治,法の支配,民主的自由の維持の要求などがあげられている。
米中は大国間競争
これだけ読むと「報告」は中国を批判し,対決策を提示する文書と思われるが,「報告」の意義は米中関係を「大国間競争」と位置づけ,「長期的戦略的競争」にあると認識したことである。中国を自由でルールに基づく国際秩序に受け入れ,自国市場を開放し企業を進出させ中国の発展を支援すれば,中国は民主化し自国市場を開放しルールを守る国になるだろうという「関与」アプローチは失敗したという過去40年の対中政策の総括に基づいた戦略の転換である。ピルズベリーの言を借りれば,中国を生活保護受給者ではなく競争相手であると認めたのである(注2)。
大国間競争という世界認識は,2017年国家安全保障戦略(NSS)に基づく(注3)。NSSは,「競争する世界」というタイトルで,中国とロシアが米国のパワー,影響,国益に挑戦しており,自由で公正な経済に反対し,情報を管理し,社会を抑圧し,自国の影響を強めようとしていると分析している。競争相手を国際制度とグローバルな貿易に包含すれば,善意の信頼できるパートナーになるという前提は誤っており,そうした前提に基づく政策は再考しなければならないと論じている。
留意する必要があるのは,競争は対決や敵視だけではないことである。「報告」では,競争アプローチは対立あるいは紛争を導くものではないとし,中国の発展の封じ込めを求めないと述べている。関与と協力も強調されている。競争は中国への関与を含み,米国の関与は選択的,結果志向であり,両国の国益を前進させると説明している。中国への関与については,2019年10月にペンス副大統領がウイルソンセンターで「中国への建設的な関与を望んでいる」と演説しており,一貫している。従来型の関与とは当然内容は異なってきており,競争的関与あるいは競争と関与の両面政策というべきものである。意思疎通と協力も重視されており,危機を管理し,紛争へのエスカレーションの防止とともに利益が共有できる分野での協力を進めると述べている。米国の対中戦略は対立強化と敵視という一面的な見方でなく,関与も求めているという複眼的な見方が必要である。
[注]
- (1)紙幅の都合から極めて簡略化しており,正確には原文を確認ねがう。(United States Strategic Approach to The People’s Republic of China)
- (2)マイケル・ピルズベリー,野中香方子訳(2015)『China 2049』日経BP社,327頁。
- (3)National Security Strategy of the United States of America, December 2017.
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