世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1785
世界経済評論IMPACT No.1785

水素社会実現へのボトルネック:電力業界が消極的な水素発電がカギ

橘川武郎

(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)

2020.06.22

ロードマップの改定

 2019年の3月,「水素・燃料電池戦略ロードマップ」が再び改定された。これは,14年に初めて作られ,16年に改訂されたこれまでのロードマップや,17年に発表された「水素基本戦略」などを新たな観点から見直し,発展させたものである。

 19年改定の「水素・燃料電池戦略ロードマップ」は,

  • (1)基本技術のスペック・コスト内訳の目標など,めざすべきターゲットを新たに設定し,目標達成に向けて必要な取り組みを明示した,
  • (2)有識者による評価ワーキング・グループを設置し,分野ごとにフォローアップを実施することにした,

という二つの特徴をもつ。全体としては,水素や燃料電池の本格的な社会的実装へ向けて,政府のやる気を改めて表明したものとして,高く評価することができる。

実現の見通しが立たない水素発電

 一方で,新しい「水素・燃料電池戦略ロードマップ」をもってしても,これまでの諸施策がはらんでいたボトルネックが解消されていない事実も,きちんと指摘しておかなければならない。そのボトルネックとは,水素発電の実現の見通しが立たないことにある。

 14年に策定された「水素・燃料電池戦略ロードマップ」は,25年ごろまでのフェーズⅠ,20年代後半から30年ごろにかけてのフェーズⅡ,40年ごろへ向けたフェーズⅢの3段階に分けて,それぞれの到達目標を示していた。フェーズⅠでは,「水素利用の飛躍的拡大(燃料電池の社会への本格的実装)」が課題となる。フェーズⅡの課題は,「水素発電の本格導入」および「大規模な水素供給システムの確立」である。フェーズⅢでは,「トータルでのCO2[二酸化炭素]フリー水素供給システムの確立」が課題となる。

 このうちフェーズⅠの「燃料電池の社会への本格的実装」は,着実に進行している。今後の加速度的な努力の傾注によって,フェーズⅠの目標達成は可能だと考える。

 問題は,フェーズⅡの「水素発電の本格導入」および「大規模な水素供給システムの確立」である。2030年における家庭用燃料電池(エネファーム)530万台,FCV80万台というフェーズⅠの普及目標が達成されたとしても,同年の電源構成に占める水素の比率は2%程度,一次エネルギー構成に占める水素の比率は1%程度にとどまると言われる。この規模では,とても「水素社会の到来」とは言えない。水素社会の到来のためには,大規模に水素を使用する水素発電の普及が必要不可欠なわけであるが,その肝心の水素発電への取組みが進んでいない。それこそが,大問題なのである。

消極的な電力業界

 水素発電への取組みが停滞している最大の理由は,電力業界が総じて消極的な姿勢をとっている点に求めることができる。そこには,電力市場の自由化が進展しているなかで,現時点ではコストが高い水素発電には着手しにくいという,一般的な事情が存在する。しかし,電力業界には,それだけではかたづけられないいくつかの事情が存在する。

 第1は,電力業界にとって水素発電は,低炭素化を実現するうえでの主要な施策にはなっていないという事情である。電力業界が「低炭素化実現の選択肢」として最も重視しているのは,あくまでも原子力発電である。次いで再生可能エネルギー発電も選択肢としてある程度視野に入れているが,水素発電についてはほとんど等閑視しているというのが実情である。使用時にCO2を排出しないという水素の特徴は,電力業界から見れば,それほど魅力的ではないのである。

 第2は,電力業界が水素混焼を,石炭火力発電の生き残り策として,あまり重視していないという事情である。低炭素化への社会的圧力が強まる状況下で石炭火力発電を継続してゆくためには,バイオマス混焼・アンモニア混焼・水素混焼などの措置を講じて,CO2排出量を多少なりとも削減しなければならない。これらのうち電力業界が最も活用しているのはバイオマス混焼であり,アンモニア混焼についても実機での試運転が始まっている。一方,石炭火力発電での水素混焼の動きは,今のところ,顕在化していない。

 これらの事情が重なって,電力業界は,水素発電に関して消極的な姿勢をとり続けている。そのため,14年の「水素・燃料電池戦略ロードマップ」のフェーズⅡについては,実現の見通しが立っていないのである。

メタネーションへの注目

 それでは水素発電のほかに,「大規模な水素供給システムの確立」と結びつくような水素の大規模利活用策は存在するだろうか。その可能性を有しているのは,水素とCO2から都市ガスの主成分であるメタンガスを作り出すメタネーションである。

 メタネーションを初めて本格的に取り上げたのは,2017年の「水素基本戦略」である。また,18年に閣議決定された「第5次エネルギー基本計画」も,合成ガス(メタン)への転換と言う表現で,メタネーションの可能性に言及した。

 「水素基本戦略」は,「CO2フリー水素を用いたメタネーションの検討」という項を設け,「水素は,CO2と合成することでメタン化することが可能(メタネーション)であり,(中略)①国内における既存のエネルギー供給インフラ(都市ガス導管やLNG[液化天然ガス]火力発電所等)の活用や,②熱利用の低炭素化の観点から,エネルギーキャリアとして大きなポテンシャルを有する」と述べている。一方で,同戦略は,メタネーションが成功裏に遂行されるためには,

  • (1)大量かつ安価にCO2フリー水素が調達可能であること,
  • (2)近隣に大規模なCO2排出源が存在すること,
  • (3)既存のLNGインフラが利用可能なこと,
  • (4)その他の追加コストを含めサプライチェーン全体でのコストを抑制すること,

などの条件が求められるとも指摘している。これらを満たすことはけっして容易なことではないが,現在の日本にとって,メタネーションに真剣に取り組むことも,水素社会を真に実現するうえでは重要なオプションの一つとなるであろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1785.html)

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