世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1761
世界経済評論IMPACT No.1761

習近平国賓来日はいつ実現するのか

遊川和郎

(亜細亜大学アジア研究所 教授)

2020.05.25

 新型コロナウイルスの感染拡大が変えた風景の一つが外交である。予定されていた首脳の往来がストップしたり,国際会議もオンラインで行われたりしている。外交分野でも「遠隔外交」,即ち言葉や物資を介した空中戦が中心となった。中国の戦いぶりを見てみよう。

 当初から心を砕いているのが汚名を被せられることへの警戒である。「武漢肺炎」「中国ウイルス」といった呼び方に対する感情的な抗議はもちろん,初動の遅れや情報操作に対する批判には激しく反発する。後世,習近平主席の御代に中国発のパンデミックが発生して世界を大混乱に陥れた,などという言説が定着するようなことは絶対にあってはならない。世界保健機関(WHO)を味方につけているのは平時からの外交活動の成果でもある。

 中国国内の感染拡大が最悪期を脱した2月下旬には早くも活動の重点を対外宣伝強化に置く方針を打ち出した(2月26日開催の共産党中央政治局常務委員会)。「国際的な防疫協力は責任ある大国,人類運命共同体構築の重要な体現」「WHOとの緊密な協力を継続し防疫経験の共有,拡大防止措置の協力,対外宣伝と外交広報の強化」と攻めの姿勢に転じた。いわゆる「マスク外交」の展開である。

 中国当局の発表によれば,2月27日のイランを皮切りに5月上旬までに19ヶ国へ医療専門家チーム,作業チームを派遣した。感染が急拡大している国々へのマスクや防護服,人工呼吸器など医療物資の輸送も質や対価はいろいろだが滞りない。

 習近平主席が自ら行っているのが「電話外交」である。1月22日から5月15日までの間に41の首脳や国際機関代表と51回の電話会談を行った。最初はG20で批判を浴びないための根回しだったが,次第に相手国から「中国のお陰様で」「中国は素晴らしい」という感謝や称賛の言葉を求める「感恩教育」へと変わっていった。他に誰も助けてくれるわけではないので仕方がない。「中国の体制が勝っている」という主張につき合わされる。

 その一方で,発生源の究明を求める声や中国の対応を疑問視する相手には容赦ない。同じ国とは思えない攻撃的な態度で米国の国務長官を口汚く罵る。発生源の調査を求める豪州に対しては,食肉の一部輸入停止や大麦に追加関税をかけることで応じる。台湾をめぐってはWHOへの参加は許さないと頑なな態度を崩さない。宣伝工作は習主席の権威を高めようとする国内向けとしてなら理解できるが,国際社会には中国が存在感を高めることへの不安を一層増幅させている。

 そうした中,一見凪なのが対日外交である。本来,「桜の咲く頃」の習近平国家主席の国賓訪問は今年前半のハイライトだったはずである。これだけ頻繁に電話外交をしているのに安倍首相とは一度もない。日中関係は安倍首相が2017年に「第3国市場協力」という形で習主席が推し進める「一帯一路」への協力を表明したことから改善の方向に向かって動き出し,18年に李克強首相の公賓としての来日と安倍首相訪中,そして今年の習主席国賓訪問がその仕上げとなる算段だった。中国側もコロナ初期には日本からの民間援助を好意的に報じていた。

 習主席の訪日延期を両国が正式発表したその日(3月5日),官邸で行われた未来投資会議では,「一国への依存度が高い製品の国内生産回帰やASEAN諸国への分散」が提起された。そして4月末に成立した緊急経済対策では,その関連に2435億円が予算化された。

 コロナを契機とした世界的なサプライチェーン再編は中国が経済面で最も警戒する動きの一つであり,神経を尖らせているのは間違いない。3月末,外交部報道官は北海道教育大の中国人教授が「スパイ犯罪」容疑で取り調べを受けていることを明らかにした。通常,蜜月期に中国はこういうことを表沙汰にしない。今月に入ってからは中国公船が領海侵入,日本の漁船を追尾する事件も起きた。

 習主席が今年前半に訪問予定だった韓国には,13日文在寅大統領と2回目の電話会談を行い,年内訪韓で合意した。日本はWHO総会に台湾がオブザーバー参加することを支持,今年の外交青書では台湾を「極めて重要なパートナー」と表現した。

 元々習主席の国賓での訪問には慎重な意見もあり,それを抑え込みながら歓迎ムードを演出する微妙な訪日工作だった。コロナで水入り後,もはや双方の思惑の違いを取り繕うことが難しくなり,一致して国賓訪問を実現させるモーメンタムは消失した。コロナの混乱が収束すれば即来日検討,という単純な状況ではないことは間違いない。中国は米国との対立が鮮明になる中,日本との緊張は一定の範囲内に抑えるだろうが,日中関係は再び先が見通せなくなったとみるべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1761.html)

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