世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1760
世界経済評論IMPACT No.1760

北シリアにおけるクルド人の政治的統一

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2020.05.25

 北シリアよりシリア内戦終結に向けた希望が一つ生まれた。5月19日,北シリアの25ものクルド系政党が共同で「クルド民族主義統一党派」の結成を発表した。クルド民族が共通の旗印の下で民族的課題に取り組むとしている。これは明らかにシリア内戦の終結を目指しアサド政権との交渉主体となることを目指しているものと見られる。コロナ禍が世界を覆いつくす中で国際社会はシリア和平のことなど頭になくなった。それ以前から国際社会が主導するシリア和平は行き詰っていた。国連主導,ロシア・イラン・トルコ主導のシリア和平協議はいずれも一時的な停戦をもたらしたが長続きはしなかった。その理由は和平交渉がシリア内戦の実情を反映していなかったからである。シリア反体制派勢力がいくらアサド政権と和平交渉をしようが,シリア国内に地歩がない以上「会議は踊る」だけである。反体制派はアサド政権軍の攻勢で2016年末にアレッポが解放,2018年初頭にはダマスカス郊外が解放され,残された拠点はイドリブだけある。これもトルコ軍の駐留がなければ数日で政権軍の圧倒的軍勢に呑み込まれるだろう。イドリブの外に残る反体制派は北シリアのトルコ軍占領地を拠点とするクルド勢力と戦うためのトルコの傭兵勢力だけだ。いずれにせよ反体制派はシリア人を代表する勢力ではなくトルコの傀儡勢力に堕している。欧米はアラブの春から内戦当初こそシリア反体制派を持ち上げたが,反体制派がイスラム過激派と切っても切れない関係にあることが露見し始め,イスラム国の台頭に至り期待は幻滅へと変わった。そして反体制派に代わりイスラム国を討伐したクルド勢力を支持し支援するようになっていった。現在では西側としての立場上アサド政権を非難する一方で既に反体制派を見限っている。

 本来シリア和平交渉のテーブルにつくべきはアサド政権とクルド勢力であり,反体制派はせいぜいオブザーバー参加が許される程度が適当である。しかしクルド勢力の参加はトルコが強硬に反対し実現はしそうにない。それ故クルド勢力は内戦に介入する国々の顔色を伺うのではなく当事者間での解決を目指し,アサド政権との単独交渉を目指して予備折衝を繰り返してきた。アサド政権側は北シリアに駐留するクルド勢力の後ろ盾の米軍撤退を要求し,それが交渉の前提条件と譲らなかった。そのアサド政権とて,トルコが反体制派最後の拠点イドリブを実質的に占領し,クルド人地域のアフリン,ギレスピ(タルアブヤド),セレカ二エ(ラスルアイン)を直接的に占領する現状,トルコの脅威に対処するためクルド勢力との提携の必要性は痛感している筈である。

 このようなシリア和平を見越した政治勢力としてシリア未来党が既に2018年3月に結成されていた。シリアの政治体制の民主的移行を目指すことを目的と発表していた。今回の党派結成はクルド民族の統一にフォーカスしている。クルド民族の近代史は分裂と分断支配の歴史であった。シリアのクルド勢力は内戦によって生じた団結を政治的統一に高めることが求められている。それ故今回の発表はシリア内戦の行方とは別に歴史的な意義を持っている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1760.html)

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