世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1722
世界経済評論IMPACT No.1722

コロナ危機 都市封鎖から脱出するパリのひとたち:自宅監禁生活で都市と農村の関係を再考

瀬藤澄彦

(帝京大学 元教授)

2020.05.04

意味を失う都市と農村の対照

 フランスの地理社会学者E.シャルムは近著『農村の復讐』(La revanche des villages. seuil)のなかで,「古い都市と農村あるいは田園との対照はその意味を失った。何故なら今では都会特有の現象が全国至るところに存在するようになったからである」と述べている。田園地帯の新たな魅力を見出して今や農村からではなく都市からの人口流失が始まった。米国北東部のあの産業空洞化のラストベルト地帯や,ドイツの旧東独地域,英国のイングランド北部では確かに都市は衰退し始めたことはよく知られたことであるが,それらの地域周辺の農村部や中小都市も逆に活性化し始めてきたと言われるようになった。衰退,縮小ばかりと考えられていたそれらの都市でさえ再生しはじめたとされるようになった。フランスでは90年代後半あたりから多くの中小都市や市町村や田園や農村が多くの人を引き付け人口が急増するようになった。90年代から過疎化という言葉は死語になっていた。ここでは都市の生活様式を保ちながら農村部に生活をする。都市と農村が融合するハイブリッドな新たな「田園都市」の誕生である。地方回帰は欧州だけではない。ル・モンド紙によると欧州だけでも数百万のひとびとが出身国に戻っているが,アジアでも中国やインドでも一億単位のひとびとが家族の元に帰っている。シェンゲン協定の不徹底が問題となっていた中近東からも地中海経由からも欧州への難民流入はこのところ半減し,故郷に戻っている。このように世界的に都市から田舎への人口流失,途上国の避難民の帰省など人口移動の流れがここ数年前までとは逆の方向になりつつある。都市から田舎への世界的な人口移動などについての今後の動向をウォッチする必要がある。

コロナで都市の人口流出加速

 多くの国で都市からの人口流出が本格化し始めた。行先は田園郊外,農村部,山岳部,もっと遠く離れた島国でさえある。感染拡がりを恐れる当局の警告にも拘わらずペットやパソコンを抱えて引越をするひとびとが急増している。コロナ・ウィルスによる都市封鎖を契機に大都市を離れることは実は長年,退職者だけでなくもと中高年世代のひとも心に抱いていた人生計画だが,それを真剣に考え直させるきっかけとなった。日本でも東京首都圏から近郊の県外の保養地や自分の親元の実家などに帰る人や住宅を買い求める人が増えているという。都市封鎖後の欧州の主要な駅ターミナルは戦火の東京を離れて田舎に疎開する戦争中の写真映像のようでもあった。パリ首都圏ではマクロン大統領の封鎖声明の発表の4月13日からたった数日間で,地方出身者と外国人,それからパリのひとびとの約11%,INSEEの推計では合わせてなんと60万人ものひとびとが新幹線(TGV)や車でパリから脱出していった。20区あるパリ市内人口220万の約4分の1が減少したことになる。脱出組の多くはパリ市内や西隣のオド・セーヌ県の富裕層が多くテレワーク熟知組でもある。米国でもニューヨーク・タイムス紙が伝えるように高速道路95号線やロングアイランド,コネチカット,ケイプ・コッド方面に脱出していく人が後を絶たない。パリ首都圏たるイル・ド・フランス州全体で都市封鎖以降,150万人ものひとびとが「部分的失業者」に陥ったが,それをきっかけに地方に引越しを決めたひとも多い。部分的失業とは2012年サルコジー大統領が決めた一時的休業者と認定する助成金対象にあずかることである。人口流出の影響による経済産業活動の縮小は街角景気指標で一目瞭然である。封鎖声明前に比べて廃棄物の量はマイナス23%,電力消費量はマイナス34%,自転車無料利用率も激減した。増えているのはパリ各所で軒並み35%から60%も増えている死体霊安所の利用である。

田園移住組は30~40才代の世代が中心

 都市の生活パラダイムに大きな変化が訪れようとしているかもしれない。過密な都市を回避して田園地帯や農村に住みたいという憧れは今に始まった話ではない。このような田舎志向は最近の傾向でもあったが,これが本格化する気配である。地方からパリへの人口流入は2014年で10万2千人,パリから地方へは11万4千の人口流失で両者の関係は逆転してしまった。年間1万2千人のパリ首都圏人口のネットの減少である。ついに都市と地方の人口動態に大きな変化が表れてきた。フランス南西部地方やローヌ・アルプ・オベルニュ地方への流出が多く,かつては過疎だった村は今やどこの家にも住人がいて賑やかさを取り戻している。シャルムは「農村の復讐」のなかで都市は今や3つの農村に再編成されようとしているとする。小さな田園農村,大きな田園農村,郊外型田園農村という従来にない田園農村社会の再編成である。ここでいう新たな田園農村とは田舎の生活における都市との融合と延長である。労働者が都市に住み,中間層以上が地方とか郊外に住むという逆転現象である。ネオルラルneoruralやルラルアーバンneourbanと呼ばれる「新人類」は農業従事者でなく都市に職場を持つ中間管理職や公務員である。これらの人々は30~45才くらいの中年階層が多く,子供を抱え財政的にも郊外に転出する方が有利と判断,パソコンなどのテレワークも厭わない。職場と自宅の時間についての距離の短縮の問題でもある。AQST(フランス輸送サービス改善機構))2019年調査によるとパリでは例えば約50km相当の1トリップ(旅程)に平均188分もかかり,スペインの158分,ドイツの126分に比べ時間がかかる。これもパリ離脱の理由である。このコロナ危機で改めて大都市圏の住宅事情,とくにその居住面積の狭さ,大気汚染など環境の悪化などの改善が進まないなかで多くのひとが大都市での生活スタイルを反省するようになった。自宅監禁生活は都市と農村の関係を再考するだけでなく,自給自足の生活,アウタルキー型の地場ローカルを重視するもっと協働的な参加型社会の循環型経済の兆しというひともいる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1722.html)

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