世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
メキシコでの大規模再生可能エネルギー発電事業:日本のエネルギー企業の「CO2ネット・ゼロ」への道
(国際大学大学院国際経営学研究科 教授)
2020.04.27
東京ガスは,フランスのエネルギー企業エンジーのメキシコ子会社と折半出資で共同持株会社HEOLIS EnTGを設立し,メキシコ各地で6件の再エネ発電事業に取り組もうとしている。それらの合計出力は,なんと太陽光が575MW,風力が146MW,総計721MWに達する(送電端)。
2020年1月,それらの一部を見学する機会を得た。今回訪れたのは,トロンぺゾン太陽光発電所とトレスメサス風力発電所の2ヵ所である。
最初に向かったのは,メキシコシティから北へプロペラ機で2時間弱,車で小1時間乗り継いだトレスメサス風力発電所だ。スペイン語で「トレス」は「3」,「メサ」は「机」を意味する。その名のとおり,3峰のテーブルマウンテンが並ぶ上部の高台部分にすでにトレスメサス1~4の4件,メサラパスの1件,合計5件の風力発電プロジェクト(合計出力600MW)が展開する。トレスメサス1~4が立地する高台のメサラサンディアには,見学時にすでに稼働済みの57基のウィンドファームが勢いよく稼働しており,その迫力に圧倒された。
東京ガスとエンジーが保有・管理するのは,2019年3月に運転開始したトレスメサス3と,見学の2週間後に運転開始予定だったトレスメサス4である。トレスメサス3は3.3MW×15基,トレスメサス4は4MW×24基のウインドファームを擁する。
何と言っても最も驚いたのは,稼働中のトレスメサス3の設備利用率が51%に達する点だ。日本国内の風力発電の設備稼働率は陸上で20%,洋上で30%がせいぜいと言われるから,そのほぼ2倍に達する高水準だ。テーブルマウンテンでは下部から上部へかけて安定的に風が吹いており,それが高い設備利用率をもたらしていると聞いた。
トレスメサス3は稼働中,トレスメサス4は稼働直前の仕上げの工事が進んでいる最中,という絶好のタイミングだったこともあって,充実した見学となった。ウイングがブンブン回る真下からおそるおそるウインドファームを見上げることもできたし,ナショナルグリッドにつなぐ送電線や変電設備もじっくり観察することができた。運転開始直前のウインドファームのタワーの最下部の部屋では,変圧設備と1~2人乗りのエレベーター,まっすぐ上に伸びる金属製のはしごなどを目の当たりにした。約200m上にある発電機・加速器等をおさめるナセルまではしごで登るには,熟練者でも20~30分,初心者では1時間ほどかかるそうだ。最終的な取付け工事が進む現場では,4分割されたタワーや下からは小さく見えるナセルの実際の大きさに驚かされるとともに,それらを吊り上げるクレーンの巨大さに文字通り「仰天」した。
続いて,メキシコシティから北西へジェット機で1時間半,車で約30分乗り継いでトロンぺゾン太陽光発電所へ向かった。432haの敷地に380haにわたって,47万9370枚の太陽光パネルが敷き詰められている。合計出力は,なんと158.2MWに達する。広いを通り越して,実際に地平線まで続くパネルのうねりの前に立つと,大海原を見ているかのような錯覚に陥る。
そのすべてのパネルを,月1回のペースで洗浄する。イタリア製の洗浄専用マシーンは,ガソリンスタンドで見かける洗車機に似ている。初めて目撃した「動く洗車機」の効率よい働きぶりには,興奮を禁じえなかった。
トロンぺゾン太陽光発電所は,昨年12月に建設工事を完了した。国営電力会社の変圧所建設工事が遅れているため,本格稼働にはいたっていなかったが,見学時点ですでに運転を開始していた。
50万枚近いパネルは,コンピュータによる自動制御で,カチカチと小さな音を立てながら,太陽を追いかけて向きを変える。日照条件の良さも加わって,トロンぺゾン発電所の設備利用率は33,6%に達する。これまた,良くて12%程度と言われる日本国内の太陽光発電所の3倍近い高水準だ。
東京ガスとエンジーが共同で展開するメキシコでの再エネ発電事業は,基本的には政府機関への売電契約(PPA)を前提としている。しかし,高い設備利用率もあって,発生電力が価格面で十分な競争力をもつため,自由化されている大口電力市場での相対取引も拡大しつつある。両社の共同事業は,メキシコの二酸化炭素(CO2)排出量削減に貢献するだけでなく,産業競争力強化にも寄与しつつあるのだ。
2019年11月に東京ガスが発表した長期経営ビジョンの「Compass2030」は,「CO2ネット・ゼロ」をリードすることを打ち出して,話題を呼んだ。燃焼すれば必ずCO2を排出するメタンガスを主成分とする天然ガスを生業とする都市ガス会社が,「CO2ネット・ゼロ」を標榜したわけであるから,サプライズを生んだのは,当然のことであった。
東京ガスは,①再生可能エネルギー電源の拡大と②ガス体エネルギーの脱炭素化技術開発による「排出ゼロ」と,③天然ガスの有効利用(有効利用による省エネや再エネ電源の出力調整手段としての活用)・④CCUS(CO2の回収・利用・貯留)・⑤海外における削減効果の取組みによる「差し引きでゼロ」とを組み合わせて,2050年ごろまでに「CO2ネット・ゼロ」をめざすという。これらの方策のうち①と⑤に深くかかわるのが,海外での再生エネ発電事業である。
東京ガスが推進する海外での再生エネ発電事業において,トリガー的な役割をはたしているのが,ほかならぬメキシコでの大規模太陽光・風力発電事業だ。同社は,Compass2030のなかで,2030年までに5GWの再エネ電源を確保する方針を打ち出している。その中心となるのは,海外での再エネ電源だ。「CO2ネット・ゼロ」をめざす東京ガスの挑戦は,メキシコで幕を開けたと言える。
この東京ガスの動きは,日本のエネルギー業界全体にとって,重要な示唆を与える。都市ガス業界のみならず,電力業界や石油業界,LPガス業界も,本業に携わる限り必然的にCO2を排出せざるをえない。したがって,当然,CCUSへ真剣に取り組むべきだということになるが,CCUが本格的に実用化されるのは,今世紀半ば以降のことになる。それまでの時期にはCCSを遂行する必要があるが,CCSはEOR(石油増進回収)と結合しないと経済性を確保できないので,油田地帯など実施エリアが限定される。そうだとすれば,エネルギー企業が,国内外での再エネ発電事業,とくに経済性が見込まれる海外での再エネ発電事業に関与することの意義は大きい。東京ガスの動きがエネルギー業界全体に示唆を与えると述べたのは,この点をさしている。
- 筆 者 :橘川武郎
- 地 域 :日本
- 分 野 :国際ビジネス
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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