世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1686
世界経済評論IMPACT No.1686

産業のテッパンは材料である

鶴岡秀志

(信州大学先鋭研究所 特任教授)

2020.04.06

 新型コロナウイルスは全く迷惑である。中国共産党の失敗であることは明らかなのだが,共産党の存在という立付けから永遠に失敗を認めないだろう。

 本稿のネタ元は日経ビジネス電子版,杉浦泰,楠木健の両氏による「逆・タイムマシン経営論:第2章 激動期トラップ」であることを予めお断りしておく。学術的に優れた論証を展開している杉浦・楠木論考とは雲泥の差で泥臭く実ビジネスの場におろしたものである。この杉浦・楠木論考シリーズはとても興味深い考察がされているので是非一読されたい。

 景気が極端に落ち込み経済が混乱状態の現在,経済評論家や「すとらとじすと」はTVやネットでコロナ禍収束予測を百家争鳴状態で論じている。NIKKEIプラス10では,毎晩のように株価反発の時期について「専門家諸氏」予想を披露するが,根拠薄弱なので競馬着順予想より始末に負えない。この際,番組MCの仕事として各氏にオッズつけて翌週に成績発表してみたらいかがか? 株価オンリーではなく,日経本紙や日経ビジネスで報道,論考される経済・産業・国際政治の話をすべきであろう。

 杉浦・楠木の論考では,サービス業などの「上位の産業」は比較的短期間で置き換えられるが,インフラと要素技術,それを支える材料は数十年に渡って継続発展が必要と指摘する。その例として,エジソンが発明した白熱電球は生活様式そのものを大変化させて多くの産業や仕事の変革をもたらした。しかし,電線,碍子(陶器),発電機,変電設備,電柱といったモノとインフラが電灯発明以前に長い時間をかけて整い,そして電灯が実現,普及した。即ち,世をひっくり返すような技術革新は材料とインフラがある程度整わないと実現しない。逆に,流行を囃し立てることが多い上位の産業の上滑りな流れにハマると,大きなしっぺ返しを受けるのである。コロナ流行では,あれほどメディアが騒いだタピオカは「不要不急」の烙印を押され街から消えるだろう。

 コロナ禍以前から沸き起こっている次世代通信インフラ5Gを,コロナ禍鎮静後の起爆剤と提言する我国のエリート層が多数出現している。ところが,その多くは5G関連利害を有する人々という片寄った状況である。通信遅延が解消される,大容量通信が可能になるという説明はされるものの,ユーザー目線で考えると,現在の4Gから5Gになって日常生活の中で画期的便益が生じることは見えていない。杉浦・楠木論考によると,ITやネット技術の進展は「暇」が重要なキーワードと指摘されているが,「5GでサクサクとTV同時放送や映画を見られます。スタジアムで個々の選手のパフォーマンスを多角的に見ることができます」といっても,そのためにMacBook Pro並の高価格スマホへ一斉に買い換え需要が生まれるか大いに疑問である。加えて,周波数が高くなるほどに通信距離が短くなるので多くの基地局と通信設備を整える投資と,通信距離を伸ばすための高出力高周波が脳に与える影響の議論が蒸し返されるので即座にバラ色のインフラ創出を描けない(ガラケーの脳への高周波影響は2000年前後に問題なった)。コロナ騒動でもワンコインで買い占めのできるトイレットペーパーやパスタは店頭から消失したが,中国の工場停止やロジスティックス寸断で供給が減ったテレビは店頭から消失していない。このことは,評論家が意味付けをしている買い占め買い急ぎにしても価格が大きな要素になっていることを明示している。

 むしろ今回のコロナ禍で見えてきたのは,次の感染症に備えて,革新,改革の進まない医療システムを根本的に改善する必要があるという点である。医療は,最先端の科学技術を必要とするにもかかわらず,常に保守の中心を形成するエリート層を核とする従事者と,健康と命に関わる失敗を嫌う技術を扱うので非常に保守的な世界である。医者に診断してもらい看護師やその周辺の人々に世話をしてもらうという9世紀頃に発達したペルシャの医療以来,労働集約的産業のママである。この医療業界とそっくりの世界がつい最近まで存在した。航空産業である。かつて,パイロットや客室乗務員(スチュアーデス)は花形職業で多くの子供のあこがれであった。ところが,離着陸以外はほとんど自動で飛行する時代に突入し,LCCが台頭するとパイロットの待遇は需給で決まるようになり,航空機利用の大衆化で客室乗務員は非常時の保全要員であるにもかかわらず変動費用対象,つまり実質的にアルバイトになってしまった。医療業界もその様になるのだろうか。

 コロナウイルス感染を避けたい多くの人々の行動は病院を極力避けること,他方,拠点病院ではコロナ感染者対応で精一杯になってくるので他の患者まで丁寧に面倒を見られない,あるいは欧米のように診療放棄となってしまう。医者,看護師,その他病院スタッフも命がけなので,できる限り多くの患者を遠隔診療で診断できることを望むだろう。実際に,医療機器大手に加えてヘルステックと称するベンチャーが注目されている。しかし,これらのヘルステックは,電気店で購入できる程度の装置を使い,測定値と医師面談をWEBで繋ぐTV会議式するか,新たに開発したAIでそれらのデータを使って予測をする方式である。インフラは現在の4Gでもよく,5Gになればより肌の色や状況を見やすくなる程度,一方で材料あるいは機器は旧態依然なので杉浦・楠木論考で指摘されている「激動期トラップ」となるだろう(4月2日日経ビジネス電子版「新型コロナで進めオンライン診療…」は杉浦・楠木論考で数多く指摘されている薄っぺらな記事である)。急激に注目を浴びるヘルステックに欠けているのは,患者側の目線,端的に言えば病院の機器と同等の機能を患者が常時扱えるための技術確立である。病院でしか測定してもらえないことを解決するには各種小型センサーの開発と商業化が必須である。そして現在のWEBインフラを介して常時モニタリングできれば本格的なe-Hospitalにつながる。

 SFの世界では,ナノボットが体内の不具合を絶えず修正して健康を保つことが主流になっているが,これは100年以上先の話である。しかし,小型で扱い易いセンサーがあれば常時モニタリングが可能になる。実際,おもちゃ程度であるがLEDを使った心拍数計測とこれを使った演算推測による血圧測定はFitBit などが実用化している。今後は,心電,脳波,血糖値等のバイタル機能を計測する段階になるだろう。これを実現するには,新しい材料が必要である。2010年頃からナノ材料を応用した各種センサーの開発が各国,企業で開始された。特に心電と脳波用センサーは生体バイタル信号の基本で重要だが,実用化になるものは皆無であった。しかし,我国でこれを可能にする試作製品が中小企業から生まれた。杉浦・楠木論考に合致したものなので大いに期待したい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1686.html)

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