世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1664
世界経済評論IMPACT No.1664

最も信頼できる国は日本——ASEAN地域の専門家の調査

石川幸一

(亜細亜大学アジア研究所 特別研究員)

2020.03.16

 「最も信頼度の高い国は日本」,これはASEANで行われた調査の結果である(注1)。この調査は,シンガポールの東南アジア研究所(ISEAS)が2019年の11月12日から12月1日の期間にASEAN10か国で行った。調査はオンラインで行われ1308人が回答した。調査対象者は,研究者,ビジネスとファイナンス関係者,公共部門,社会活動,メディアの5分野に属すASEANの国民でASEANとアジアなど地域についての専門知識を有する専門家である。報告書はこの調査結果を,ASEANの見解を代表するものではないが,ASEAN加盟国の政治経済に関連する地域政策に影響力を有する立場にある専門家の有力な意見であると説明している。その意味で日本にとっても重要な情報といえよう。

 調査結果の重要なポイントを最初にまとめておきたい。

  • 1.経済面と政治・戦略面の両面で最も影響力のある国は中国である。圧倒的な影響力をもつとみなされていながら,中国は信頼できないという回答は6割に達している。
  • 2.米国は東南アジア地域で影響力を失っている。東南アジア地域への米国の関与について,8割近くが「低下あるいは著しく低下」したとみている。米国は信頼できると言う回答は30%だが,信頼できないという回答は50%に達している。
  • 3.日本が信頼できるという回答は6割を超え圧倒的に多い。米中対立の中で信頼できるパートナーとして日本をあげる回答が一番多く,自由貿易の旗手としても日本への評価は高い。

 このように日本に対する信頼度は,調査の対象国(中国,米国,EU,日本,インド,豪州,韓国,ロシアの8主要対話国)の中で圧倒的に高い。その主な理由は,①自由貿易の推進と擁護,②国際法を遵守・擁護,③日本の文明と文化への敬意である。ASEAN各国で政策や意見形成に影響力ある人々の間での日本への高い評価は,日本の資産でありソフトパワーの源泉である。こうした評価は,日本の通商政策,ASEAN政策への高い評価であり,日本を信頼できるパートナーとみているASEANへの連携と協力をさらに推進すべきである。

 以下に調査結果の概略を紹介する(注2)。

1.台頭する中国

最も経済面で影響力のある国

 東南アジアで「経済的に最も影響力のある国」は,中国という回答が79.2%(2019年は73.3%)で圧倒的に多かった。2位はASEANで8.3%,3位は米国で7.9%,日本は4位で3.9%(2019年は6.2%)である。国別にみると,カンボジア(88.5%),タイ(86.5%),ブルネイ(85.5%)が中国をあげた回答の比率が高かった。経済的影響力を「心配する」か「歓迎する」かについては,中国は71.9%が「心配する」との回答となっている。心配という回答が多いのは,中国と南シナ海の領域紛争があるフィリピンが82.1%,ベトナムが80.2%と高かった。親中国のカンボジアでも56.5%と過半が心配すると回答している。

政治および戦略面で最も影響力のある国

 「政治および戦略面で最も影響力のある国」についても中国が52.2%(2019年は45.2%)で最も多く,米国が26.7%(同30.5%),ASEANが18.1%となっており,日本は1.8%だった。中国という回答がもっと多かったのはラオスで65.2%,次がミャンマーで63.5%だった。中国の影響力の強化は,「懸念する」という回答が85.4%と極めて高く,国別にみるとベトナムが95.3%,シンガポールが92.2%,フィリピンが87.8%と高かった。米国の影響力の強化は「歓迎する」が52.7%と過半を占め,とくにベトナム(76.7%)とシンガポール(74.0%)で「歓迎する」という回答の比率が高かった。

中国の台頭の東南アジアへの影響についての見方

 「中国は現状変更勢力(revisionist)であり東南アジアを影響下におこうとしている」が38.2%で最も多かった。中でもベトナムは61.2%と最も多くフィリピンが54%で続いている。「中国は地域のリーダーとして米国に取って代わろうとしている」は34.7%である。最も多いのはカンボジアで57.7%,続いてタイが45.8%だった。「中国は恵み深い善意の国」という回答は1.5%であり,5か国ではゼロだった。

2.米中対立

米中貿易戦争では世界経済の景気後退を懸念

 「米中貿易戦争についての懸念」では,「世界経済の低迷」への懸念が41.4%で最も多く,「デカップリングと米中の貿易ブロックへの分断」が25.8%,グローバルバリューチェーンの寸断が22.0%となっている。デカップリングとASEANの分断が最大の懸念要因とみているのはブルネイだけである。ASEANの製造業集積地であり,日系製造業の進出が多いタイでは14.6%と低かった。

米中対立への対応

 米中は新冷戦ともいわれる戦略的な対立関係にある。ASEANを巡って中国は一帯一路構想により援助攻勢をかけ,米国は自由で開かれたインド太平洋構想を打ち出している。米中の覇権争いの中でのASEANの対応は難題ともいうべき重要な課題となっている。「米中対立の中でのASEANの対応」については,「米中両国からのプレッシャーを排するために強靭性と一体性を強化する」が48.0%でもっと多く,「どちらか一方に肩入れをしないという姿勢(中立)を維持する」が31.3%となっている。「強靭性と一体性強化」という回答が多いのはベトナムで62.5%,続いてフィリピンが54.0%と中国と南シナ領域紛争を抱える2カ国が多くなっている。「中立維持」という回答はベトナムでは19.7%と最も少なく,フィリピンも27.8%と少ない。

米中どちらを選ぶか

 「パートナーとして米中のどちらか1国を選ばねばならない場合どちらを選択するか」という質問については,米国が53.6%,中国が46.4%という結果となった。米国という回答が多いが,国別に見ると中国を選択した国が7カ国と過半を占める。米国を選ぶという回答が多かった国はベトナム(85.9%),フィリピン(82.5%),シンガポール(61.3%)である。ベトナムとフィリピンで米国を選ぶという回答が圧倒的に多かったため,ASEAN全体では米国という回答が多数となっている。

米中対立の中で最も信頼できる戦略的パートナー

 「米中対立による不確定性をヘッジするために連携すべき信頼できる戦略的パートナー」は,日本が38.2%でトップだった。続いて,EUが31.2%となっている。この2カ国・地域と比べるとその他の国は,豪州が8.8%,インドが7.5%,ロシアが6.1%,ニュージーランドが4.7%,韓国が3.0%と低かった。日本という回答が多い国は,ミャンマー(53.3%),フィリピン(44.5%),ベトナム(40.1%)である。EUは,シンガポール(41.9%),タイ(40.6%)が多かった。

自由貿易のリーダーシップをとる国

 保護主義が拡大している中で「どの国が自由貿易推進のリーダーシップを取っているか」という問いについては,日本という回答が最も多く27.6%となっており,EUが25.5%,中国が14.7%,米国が14.5%だった。「ルールに基づく秩序と国際法尊重でリーダーシップをとっている国(地域)」については,EUが33%でもっと多く,米国が24.3%で2位,日本は20.0%で3位だった。通商面ではWTOルールを無視している米国への評価が高いのは意外であるが,米国を高く評価しているのはベトナム(45.4%),フィリピン(35.1%)という中国と領域紛争を抱える国であり,国際紛争の解決の面での米国への期待が現れている。

3.米国と東南アジア

米国の東南アジア関与と米国への信頼

 「東南アジア地域への米国の関与への評価」は,「著しく低下」が2019年の16.8%から36.4%に増加した。もっと多いのは「低下」で40.6%(19年は51.2%)である。著しく低下と低下を合計すると77%となる。「著しく低下」という回答が多いのは,カンボジア(57.7%),タイ(47.9%),シンガポール(47.8%),マレーシア(43.6%)などである。ベトナムは「著しく低下」が7.9%で最も低く,「増加」が25.0%で最も高かった。トランプ大統領は2019年11月の東アジアサミットを欠席し,閣僚ではなくオブライエン大統領補佐官を代理出席させ,ASEAN軽視と批判されたことが影響している。

米国はパートナーとして信頼できるか

 米国は戦略的パートナーおよび地域の安全保障を担保する国としてどの程度信頼できるかという問いについては,「信頼できない」が13.8%(2019年9.4%),「ほとんど信頼できない」が33.2%(同25.2%)となっており,信頼度が低下している。「ある程度信頼できる」は30.3%,「全面的に信頼」は4.5%である。米国への信頼度が高い国は,ベトナム(「全面的に信頼」が6.5%,「ある程度信頼」が46.0%)とフィリピン(「全面的に信頼」が6.5%,「ある程度信頼」が49.6%)となっている。

 「信頼できない」,「ほとんど信頼できない」という回答者に「米国の政権交代があれば信頼度は改善されるか」と聞いたところ,60.3%が改善されると回答している。

米国に代わる戦略的パートナー

 「米国が信頼できないとすればどの国を自国の戦略的パートナーとして選好するか」については,日本が31.7%でもっと多く,続いてEU(20.5%),中国(20.3%),豪州(9.5%)となっている。日本という回答が多かったのは,フィリピン(45.0%),ミャンマー(38.2%),ベトナム(34.9%)などである。中国が日本より多かった国はラオス,タイであり,カンボジアは日本と中国が同数だった。

4.主要対話国の評価

各国の信頼度と不信頼度

 「世界の平和,安全保障,繁栄,ガバナンスに貢献するために正しいことを実施する国であると信頼できるか」という問いへの回答について,「非常に信頼」と「信頼」の合計である信頼度と「信頼できない」,「ほとんど信頼できない」の合計である不信頼度を比較すると,日本の信頼度が最も高く61.2%となっており,次がEUで38.7%,米国が30.3%である。中国は16.1%でインド(16.0%)とほぼ等しい。不信頼度は中国が60.4%で最も高く,以下,インド(53.5%),米国(49.7%)となっている。日本は不信頼度が最も低く21.3%だった。

 中国への不信の理由は,「中国の経済軍事力が自国の利益と主権への脅威として使われる」という回答が53.3%で最も多く,「中国を信頼できる大国と思わない」が19.1%で2位となっている。日本を信頼する理由は,「日本は国際法を尊重し擁護する責任あるステークホールダーである」が51.0%で最も多く,「日本を尊敬し日本の文明と文化に敬意をもつ」が23.2%だった。日本に対する不信度は低い(信頼できないが3%,ほとんど信頼できないが18.3%)が,信頼しない理由については,「日本はグローバルリーダ-シップをとる能力あるいは意思がない」が49.5%とほぼ半数を占めた。

[注]
  • (1)Tan, S. M. et al., “The State of Southeast Asia: 2020 Survey Report", ASEAN Studies Centre, ISEA-Yusuf Ishak Institute, Singapore. 16 January 2020.
  • (2)本稿は調査結果の逐語訳ではなく,紙幅の都合から興味深い調査項目を選んで結果の概要をまとめコメントを付したものである。調査結果の全容については,報告書原文を参照いただきたい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1664.html)

関連記事

石川幸一

最新のコラム