世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ヤルタ・マルタ・グレタ
(静岡県立大学 名誉教授)
2020.03.16
「健全な民主主義」のためには「賢い庶民」が欠かせない。ポピュリストの「甘い囁き」に騙されない「賢さ」だ。
「ヤルタ・マルタ・グレタ」というタイトルは,言ってみれば「言葉遊び」。筆者は,40年くらい経済発展とか開発政策を勉強してきた。その際,当たり前といえば当たり前かも知れないが,「短期・中期・長期」と「マクロ・セクター・ミクロ」と「国内要因と海外要因」を考えるべきだと思ってやってきた。理屈を言えば,この「ヤルタ・マルタ・グレタ」というタイトルは「短期・中期・長期」について思うことを書いたもの。
ヤルタは,1945年2月,クリミア半島のヤルタで開かれたチャーチル,ルーズベルト,スターリンのヤルタ会談のこと。ドナルド(トランプ)おじさん,きっとヤルタ会談なんて知らないだろうし,セオドア・ルーズベルトとフランクリン・ルーズベルトの区別もつかないだろう。当然ポーツマス条約も知らないと思う。「セオドア・ルーズベルトも知らない」という批判を意識したのか,スピーチライターは今年の一般教書演説に引用していた。何しろ,パールハーバーという地名は知っていても,その意味は分からないと言うのだから。これが長期。ヤルタ会談で我々が忘れてはならないことは,ソ連が第2次大戦に参戦すべしという「密約」。
マルタは,1989年12月,マルタ沖のクルーズ船で行われたジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)とゴルバチョフ書記長とのMalta Summit。「From Yalta to Malta」という標語も出来,冷戦が終わり,歴史の終わりという本も出た。でも世の中そんなに甘くはなかった。これが中期。アジアに目を転じれば,インドネシアで32年間のスハルト政権が倒れたのが1998年5月。汚職まみれの独裁政権という批判もあったスハルト政権だか,その後熱帯雨林の乱伐が進んだ。環境規制のない自由化をすれば,ビジネスマンたちは熱帯雨林を切り出して儲け,そこをオイル・パームのプランテーションにする。
グレタは,もちろんスウェーデンのグレタちゃん。これが短期。僕も「男の老人」だから,グレタちゃん,あまり好きではない。「グレタ症候群」と揶揄したくなる気持ちも分かる。でも,ドナルドおじさんが「グレタは怒りのコントロールを学ぶべきだ」と言うと,「おい,ちょっと待て,お前が言えた義理か」と思ってしまう。まあ,コメディアンとしての才能は認めてもいいけど。
政治家が最も考えなくてはいけないことは,庶民が気付きにくい長期的政策課題,例えば50年後のエネルギーをどうするのか,といったことを分かりやすく論理的に説得することではないだろうか。そうして,その政策を実際に動かさなくてはならない。「やってる振り」は,政治ではないのだ。
幕末1858年日米修好通商条約が調印された。続いて日蘭条約,日露条約,日英条約,日仏条約が調印されて鎖国が終わり,外国貿易が始まった。1860年には咸臨丸が太平洋を横断してアメリカに行っている。しかし,依然,攘夷の動きは盛んであった。つくづく社会変革は難しいプロセスだと思う。
1862年8月には生麦事件が起こって,翌年7月には,生麦事件の報復としてイギリスが鹿児島城下を攻撃した(薩英戦争)。同じ年12月には長州藩の高杉晋作,伊藤博文,井上馨らが品川に建設中のイギリス公使館を襲撃した。1863年5月には長州藩が下関でアメリカ,イギリス,オランダの商船を砲撃し,その報復として四国艦隊が1864年8月下関を攻撃し,イギリス,フランス,アメリカ,オランダ軍が下関砲台を占拠した。
1964年3月,横浜鎖港を求めて水戸尊皇攘夷派の天狗党が挙兵した。渋沢栄一も,はじめ天狗党に参加しようとしたと言われている。一橋慶喜は,穏便な対処を周りに約束していたが,老中に圧力をかけられると天狗党を幕府に引き渡した。安政の大獄でも死罪になったのは8人だったが,天狗党のうち352人が斬罪された。大久保利通は「このようなむごい仕打ちは幕府が近く滅亡することを示している」と書いている。
伊東潤は『走狗』の中で,一橋慶喜を厳しく難じている。「かの御仁は議者ゆえ小知恵ばかり回り,大局が見えておらぬ」,「一橋公というのは頭の皮一枚で物事を考えるお方だ」,「頭の皮一枚と……」,「そうだ。何か閃くとすぐに判断を下す。長期的展望はなく,すべてその場しのぎだ」。150年以上が過ぎ,21世紀になったが,どこかの国の大統領,どこかの総理大臣の顔が目に浮かぶ。政治家は,将棋や碁のプロのように,先の先を読んで,様々影響を熟慮して政策を決めて実行しなくてはならない。
「後手後手」総理が「先手先手と大胆に手を打っていく」などと言うと,ドナルドおじさんに似てるなあ,と思ってしまう。
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