世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1650
世界経済評論IMPACT No.1650

グローバル化からみる日本の水産養殖事業

髙井 透

(日本大学 教授)

2020.03.09

 近畿大学のマグロ養殖の成功で,日本の養殖技術の高さが世界的に注目された。しかし,その技術とは裏腹に日本の養殖事業のグローバル化は他国と比べても遅れている。マグロやブリなどの養殖技術では確かに優れているが,他の魚種の養殖技術では世界をリードしているわけではない。

 かつてエビの養殖技術といえば,日本の水産業は世界のトップランナーであったが,今や東南アジア諸国に遅れをとっている。なぜ後塵を拝することになったのか。それにはいくつかの要因が考えられるが,一つにはやはり国内市場という限定されたマーケットをターゲットにしてきたことである。エビだけではなく他の養殖魚でも同じことがいえる。一部の企業を除けば,依然,日本の多くの養殖事業者は国内市場をターゲットにすることで,事業を成り立たせてきた。もちろん企業の規模的な問題もあり,グローバル化ができなかったという面もある。

 それに対して,養殖事業大国,ノルウェーでは生産したサーモンを最初から国内ではなく,国を挙げて,世界のマーケットに売る仕組みを構築してきた。ノルウェーの場合,国策的な側面が大きいとはいえ,ビジネスに対してグローバルな視野を持つかどうかということが,世界的な競争優位性を構築する上において,いかに重要であるかが理解できる。事実,ノルウェーに本社を置く,世界の養殖事業のリーダー企業,マリンハーベスト社は,日本に工場を設け,ダイレクトにノルウェーから生のサーモンを輸入したり,加工したりすることで,日本市場に流通させている。その戦略の特徴は,餌の8割程度を自社生産し,加工から販売までを一貫して手がけていることである。そのため,製品のトレーサビリティもグローバルレベルで確保することが可能になる。

 水産養殖の持続的成長が叫ばれている中で,トレーサビリティの確保は重要な競争優位性の鍵を握ることになる。というのも,食の認証評価はグローバル競争の前提条件になりつつあるからである。しかし,日本の水産養殖事業は,この認証評価という点においても,世界から遅れをとっている。日本では食の生産管理がどのように行われて市場に流通しているのか,ということを意識する消費者は少ない。それに対して,欧州などでは生産管理が適切になされていることを示すASC(注*)などの水産認証の評価が,市場で普及している。消費者も認証評価された商品を高く評価し,購入する。日本では,現在,イオンなどの一部,大手小売店がASCの認証を取った商品を販売している。製造メーカーにしても,日本水産がはじめてブリ類(黒瀬ブリ)としては世界初のASCの認証評価を取得しているが,まだ一部のメーカーにとどまっている。

 養殖ビジネスのグローバル化という点では,確かに,後塵を拝してきた日本の水産養殖事業ではあるが,ここ数年,マルハニチロや日本水産などの大手企業を中心に,養殖事業の輸出比率を高めてきている。また,今後のグローバル化を加速させるイノベーションという点でも,明るい兆しが十分にみられる。とくに,養殖事業の現場レベルでのイノベーションは目を見張るものがある。

 今までの養殖事業は,とくに生け簀などの現場管理では,経験値と人海戦術による側面が大きかった。しかし,その非効率な側面をAIを活用したイノベーションで効率化が図られている。たとえば日本水産は,水中カメラで撮影した魚群の映像から,AI技術により測定対象魚を検出し,市場価格に影響を与える魚の体重,大きさを自動的に測定することが可能な技術を,NECと共同開発している。さらに,現在は,生産場所を問わず,消費地までの物流費も抑えられる陸上養殖の技術が高度化している。かつて陸上養殖は水の入れ替えや,温度管理などで2割ほど海での養殖よりもコストが高いとされてきたが,現在では,そのコスト差も縮小してきている。

 養殖技術のイノベーションは大手企業だけではなく,スタートアップ企業からも起きている。養殖事業のコストは,6割から7割は餌代が占めると言われている。しかも,その餌のやり方は,人間のカンに頼っていた部分が大きい。この非効率な部分に科学的知識で切り込んだのが,スタートアップ企業のウミトロンである。生け簀の魚が餌を食べる様子をカメラで撮影し,その撮影した画像を人口知能で解析することで,魚の食欲を自動で評価するシステムを開発している。

 世界的には,急激な人口増加と食の多様化により,10年後にはかなりの規模で魚介類が不足する可能性があると言われている。養殖事業のイノベーションが,水産大国日本の復活と同時に,世界的な魚介類不足を解決する一助になる可能性がある。

[注]
  • * ASCとはAquaculture Stewardship Council(水産養殖管理協議会)の略称である。ASCのエコラベルは,環境に負担をかけず,地域社会に配慮して操業している養殖業に与えられる国際的な認証である。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1650.html)

関連記事

髙井 透

最新のコラム