世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国の中期経済成長トレンドに大きな影響を与えない新型コロナウィルス
(ITI客員研究員 放送大学 客員教授)
2020.02.17
転換点前1989年の天安門事件,転換点前後2003年のSARS,中所得国・新常態2020年の新型コロナウイルスのマクロ経済への影響を比較検討し,今回の影響を予測する。
1.天安門事件のマクロ経済の悪影響
共産党総書記を務めた胡耀邦氏は,1987年に失脚し,1989年4月15日に心筋梗塞で死去急死した。政治改革に前向きで清潔な指導者として学生に慕われた。その直後から北京の学生らが天安門広場で追悼活動を始め,同19日には国家指導者が居住する中南海の新華門へ突入を図る事態に発展し,6月4日に事件に至った。
(1)1989年からGDP成長率,工業成長率,総国内投資率の大幅低下
マクロ経済の状況として,GDP成長率が1988年の11.3%から1989年の4.3%へ落ち,翌年は更に3.9%となった。漸く回復に転ずるのは1991年からである。回復までに2年を要した。この要因として工業成長率を見ると,1988年の14.5%から3.8%へ急落し,1990年は更に3.2%へと減少する。総国内投資率は,1988年の39.6%から下げに転じ,36.8%,35.2%まで下げ,1991年の34.7%で底を打った。
(2)輸出伸び率,輸入伸び率,貨幣供給率伸び率の大幅低下
貨幣供給伸び率が1988年の20.7%であったが,1990年に3.5%へ急落した。輸出伸び率が,1988年の18.2%から1989年の3.5%まで落ち,翌年に19.2%へ回復した。輸入伸び率も同様に1988年の27.4%から5.3%まで落ち,翌年にマイナス13.3%となった。
中国は,1989年に朱鎔基の改革開放後の歴史的な経済政策である「3大改革」が始まり,1992年の鄧小平の「南巡講話」があった。中期のトレンドでいうと回復軌道に乗るのに2年を要した。
2.SARSの軽微なマクロ経済への影響
中国南部の広東省を起源とした重症な非定型性肺炎の世界的規模の集団発生が,2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS: severe acute respiratory syndrome)の呼称で報告され,これが新型のコロナウイルスが原因であることが突き止められた。2003年12月31日時点のデータによれば,報告症例数は,2002年11月〜2003年8月に中国を中心に8,096人で,うち774人が死亡している(国立感染症研究所感染症情報センター 重松美加,岡部信彦)。
(1)2002年からGDP成長率,工業成長率への影響なし
天安門事件に比べてSARSの影響は,マクロ経済面で出てこない。GDP成長率は,逆に2002年の9.1%から10%へ増大した。工業成長率も,9.8%から12.7%に上昇し,その後も成長率を維持している。
(2)輸出伸び率,輸入伸び率,貨幣供給率伸び率の上昇
貨幣供給率伸び率は,2002年に16.9%であり,2003年に19.6%となる。SARS以前の1998年から2001年までの輸出伸び率は,1.5~3.3%の間で低迷した。しかし,SARS時の輸出伸び率は,2002年の22.4%から2003年の34.6%と大きくなる。輸入伸び率も,21.3%から39.8%へと拡大している。
このような中国のマクロ経済の指標の急回復の要因の1つは,2001年の「WTO加盟」を契機としている。中国への外資直接投資の流入が第3次ブームとなり,輸出が大幅に伸び,経済が成長した。2004年に胡錦涛主席は「科学的発展観」により成長一辺倒の発展から貧国や環境も重視する政策へ転換した。
3.新型コロナウイルスの予想
個別で見ると,小売り,外食,観光など消費に関連する企業への悪影響は短期的に非常に大きい。また,武漢市は自動車などの「産業集積」拠点である。そこで乗用車を生産するホンダなど製造業企業に個別の大きな影響を与える。さらやグローバル・バリューチェーンに組み込まれた部品を生産するサプライー企業にも同様である。
世界のGDP占有率に関して,2004年にアメリカが28.3%,中国が4.5%であったが,2018年にアメリカが24.2%,中国が15.7%となった(IMF)。したがって,当面の世界経済に影響はSARSの場合とは全く異なり,大きくなる。
一方で,中国のGDP成長率は2015年からの「新常態」の下において6%台で推移してきたが,中国の経済政策は「中所得国のわな」からの脱出の道を見出した。それは,「自由貿易試験区」を活用した産業集積政策,その集積への「中国製造2025」による産業政策,そして「一帯一路建設」によるグローバル・バリューチェーンの形成の三位一体の政策である。中長期のトレンドに問題はない。
成長率は,短期で縮小した部分が中期では元に戻る分で大きくなり,平均すれば近くなる。これは統計の水準ではなく変化率であるというマジックがある。変化率は大きく落ち込めば,その水準が中期のトレンドに戻れば,戻る分が次の成長率を大きくする。そこで,今年の成長率が小さくなれば来年の成長率が大きくなる。したがって,マクロ経済のGDP成長率に対する悪影響は,短期的な個別の影響を別として,今年と来年を通して平均してみればトレンドとして大きくはならない。
ただし,この成立の条件はこのまま感染が拡大することなく夏前までに新型コロナウイルスの収束することである。これは習近平政権の感染封じ込めに依存することは言うまでもない。
関連記事
朽木昭文
-
[No.3561 2024.09.16 ]
-
[No.3472 2024.07.01 ]
-
[No.3463 2024.06.24 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]