世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1614
世界経済評論IMPACT No.1614

リビアを巡る中東情勢へ高まる懸念

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2020.01.27

 新年早々,世界は中東情勢に振り回された。1月3日,突如アメリカ軍がイラク領内でイランのイスラム革命防衛隊,ゴドス部隊司令官ガーセム・ソレイマ二を空爆で殺害し,8日にイランは報復としてイラクの米軍基地にミサイルを撃ち込んだ。トランプはイランが反撃すれば更に破滅的反撃を加えると警告していたが,被害が軽微であったことから見送った。アメリカは改めてぎりぎりまでイランと開戦せず,体制崩壊を待ちつつそれを助長するという姿勢を示した。

 昨年トルコがリビアへの軍事介入を表明し緊迫する東地中海資源紛はどうか。トルコは昨年リビア暫定政府と重要な覚書を交わした。トルコの東地中海におけるガス田開発とパイプライン敷設に伴うリビアの排他的経済水域侵害を認める代わりに,防衛面で支援するという内容だ。紛争の当事者ギリシャはこれに激怒し,リビア暫定政府大使を追放した。トルコの東地中海ガス田開発は,排他的経済水域を接するギリシャ,キプロスとの紛争に発展している。そして,アメリカはこれらの国々への軍事・武器支援を開始している。反トルコ陣営にはイスラエル,エジプトといった大国も加わる。リビアも本格的にこの紛争の最前線となった。エルドアンはリビアがオスマン帝国の重要な領土だったと自国民の大国意識を煽り,低下した求心力の回復に腐心する。トルコのリビア介入は内戦も東地中海資源紛争の解決にはつながらず,関係各国との軍事衝突のリスクを高めるだけである。それゆえトルコ最大野党共和人民党指導者ケマル・クルチダロールはリビア介入に慎重な姿勢を明らかにしている。

 トルコの今度の介入において将来的に大きな禍根となる火種をリビア領内にもたらしている。シリア人傭兵の投入だ。トルコが昨年軍事介入を表明した直後から,この話は大きな波紋を呼んだ。既に2000人規模の傭兵集団がリビアに入域しており,20人以上が戦死したと見られる。トルコは新たに6000人規模の傭兵部隊投入を計画している。トルコはシリアのクルド人居住地において,元シリア反体制派の傭兵とその家族の入植を継続的に行っている。外国勢力による民族浄化として非常に問題ではあるが,それら入植者は国籍の面で言えば同じシリア人であった。将来においてハフタルがリビア全土を統一する公算が高い現状,それら傭兵は外国人テロリストとして扱われる。現在北シリアに収容されている行き場のないISの外国人捕虜同様,必ずその処遇を巡って大きな問題になる。

 トルコ介入によりリビア内戦が更なる混迷に陥る中,シリア同様,ハフタル側に肩入れするロシアが仲裁に乗り出した。13日,ハフタルやトルコ外相らはモスクワに会し停戦について議論した。結局ハフタルは停戦に合意することなくモスクワを後にした。ベルリンで改めてリビア和平の国際会議が開かれることになった。その間に事態は動いた。ハフタル側がリビア屈指の石油輸出港ズワイティナを制圧したのである。1月17日,地元部族や港湾労働者らが抗議運動の末,港に突入し閉鎖を強行した。抗議運動参加者はリビアの原油収入が暫定政府の手に渡れば,シリア人傭兵の給与等外国勢力のために使われると主張したと報じられた。トルコの植民地主義に対する地元民の強い警戒心が浮き彫りとなった。その後ハフタル側が港を接収し,リビア問題の国際交渉において強力なカードを手に入れた。海外メディアは各国がハフタルを交渉の席に着かせようと躍起になっていると報じた。ベルリン会議ではハフタルは妥協したかのように見える。リビア問題解決のため関係各国・勢力が参加する作業部会の設置が決議された。また暫定政府代表サラージとハフタルは原油輸出問題で歩み寄りを見せた。同じくトルコが介入するシリア内戦では,ジュネーブやソチにおいて何度もアサド政権と反体制派の交渉が試みられたが,結局アサド政権は武力で反体制派の拠点を次々奪還した。シリア情勢同様,強大なハフタルが無力な暫定政府と妥協する理由はなく,なし崩し的に攻勢は進められていくことは疑いようがない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1614.html)

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