世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
高揚する「Bコープ」運動から見るJ.A.ホブソン『異端の経済学』の現代性
(国際経済労働研究所 所長・京都大学 名誉教授)
2020.01.13
ROE神話批判の台頭
「Bコープ」(B Corporation)は,米国の非営利団体の「Bラボ」(B Lab)が運営している認証制度である。この制度は,従業員だけでなく,地域社会を「ステークホルダー」の成員と見なし,成員全体に利益をもたらす事業を行っている企業を「社会に貢献している」優良組織として認証するものである。「B」は「Benefit」(利益)を意味している。運動の根源には「企業利潤対株主資本」(ROE)原則への強烈な怒りがある。米国の新自由主義者の著名な経済学者,ミルトン・フリードマンが『資本主義との自由』(1962年)で,「株主のための利益追求」が資本主義を護る企業の責務だと断言して以来,この考えが世界の経営者たちに広がり,株主のためにいかに稼ぎ出しているかを示すROEが重視されるようになった。しかし,実際には,多くの企業経営者は,設備投資や従業員への福祉をなおざりにして,現金収入のみを蓄積し,自社株の株価を強引に高めることに邁進しただけのことであった。社会的貢献の理想などは拭い棄てられ,株式投資家と給与生活者との資産格差を異常なほど拡大させ,社会には深刻な亀裂が定着した。
ROE神話への批判が高揚するようになった世論を意識したのか,2019年8月19日,米主要企業の経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が,「株主第一主義」を見直し,従業員や地域社会などの利益を尊重した事業運営に取り組むと宣言した。これは,株価上昇や配当増加など,投資家の利益を優先してきた米国型の資本主義にとっての大きな転換点となる。少なくとも,今後,リバタリアン的経済学は後退して行くことになるだろう。
経済学は日常の生き甲斐を追求するものでなければならない(J.A.ホブソン)
経済学は,社会生活の量的側面のみでなく,質的側面をも扱うべきであり,倫理を中心とする「思想の一般体系」(general system of thought)でなければならないと,すでに1938年の早い段階で訴えていたのがホブソン(John Atkinson Hobson, 1858~1940)である。彼の『異端の経済学の告白』という著書の序文には,次のような主張が展開されていた(Hobson[1976])。
「私は,現代の正統派経済学の『価値』,『費用』,『効用』といった用語を使いたくない。……私は経済学の用語に,人間論的解釈を与えておきたい。私は,産業技術,および,その成果を使う行為と,個人の社会的行動とを,調和させるにはどうすればよいのかを考えてきた」(ibid., pp. 7-8. 邦訳,2ページ)。
ボーア戦争が始まる前に,『マンチェスター・ガーディアン』誌(Manchester Guardian)の通信員として南アフリカに渡り,セシル・ローズ(Cecil John Rhodes, 1853-1902)による財界支配や原住民の悲惨さについての見聞録が,ホブソンの有名な『帝国主義論』(Imperialism, 1902)である。
1889年にロンドン大学LSE(London School of Economics)講師の口があったが,当時,著名であった実業家,マメリー(A.F. Mummery, 1855-95)との共著『産業の生理学』(Mummery & Hobson[1889])の内容が正統派経済学からの大きな逸脱であるとして,同大学の人事委員会から忌避された。LSEでの職を得ることができなかったホブソンは,以降,アカデミズムの世界で職を得ることはできなかった。
「生産の目的は,消費者に『有用な物や便利な物』を提供することにある。……有用な物や便利な物の生産を助けることが資本の唯一の用途であるべきである。……ところが,過度の貯蓄が,必要とされる以上の資本蓄積を引き起こし,この過剰が一般的過剰生産の形を取る」(Mummery & Hobson[1889], p. iv)。
多くの利潤の分配を受けた資本家は,より多くの利潤を得るべく金の儲かる部面のみに投資することになってしまった。ここには,史上最大の通貨が中央銀行から民間に放出されながら,普通の消費者が購入する財のみを統計に載せて,インフレではないと言い切る為政者の現在の欺瞞を解明する視点がしっかりと設定されている。いま一度,ホブソンの現代的意味を噛みしめようではないか。
[参考文献]
- Hobson, J. A. [1976], Confessions of an Economic Heretic: The Autobiography of J. A. Hobson, Shoe String Pr. Inc. 高橋哲雄訳『異端の経済学者の告白―ホブスン自伝』新評論,1983年。初版は,1938年,版元Allen & Unwin。
- Mummery, A. F. & J. A. Hobson [1889], The Physiology of Industry: Being an Exposure of Certain Fallacies in Existing Theories of Economics, J. Murray.
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