世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1589
世界経済評論IMPACT No.1589

新しい多国籍企業の組織:アントレプレナー型共創組織の変革へ

桑名義晴

(桜美林大学 名誉教授)

2019.12.30

 多国籍企業が誕生して約半世紀になるが,いま時代の潮流の中で,大きく揺さぶられている。とりわけ,今世紀に入って急速に進行しつつあるデジタル革命の波にさらされ,それへの対応が多国籍企業の喫緊の課題になっている。

 デジタル革命は,主にインターネットとクラウド技術の発達によって起きているが,それによりこれまでの社会システムや経済活動が大きく変化し,多国籍企業の経営や組織の在り方に想像を超えるインパクトを与えているからである。たとえば,いま技術のデジタル化によって,自動運転車,3Dプリンター,先進的ロボット,IOT,AIなどが誕生しているが,これらの出現によって,多国籍企業には新しいビジネスモデルにもとづく経営や組織の構築が求められている。こうして,このような技術のデジタル化による変化をビジネスチャンスととらえ,イノベーシヨンにいち早く挑戦し,新しいビジネスモデルを構築した企業がすい星のごとく登場し,あっという間に世界市場を席巻する事態にもなっている。アマゾン,グーグル,フェースブック,アリババ,ウーバーなどといった新興のデジタル企業がそれである。

 こうした企業は,伝統的な多国籍企業と違って,有形の資産を持っていないけれども,世界の人々の資産を巧みに活用し,顧客の要望や利便性にスピーディに応えるビジネスモデルを構築し急成長を遂げた。こうした企業は破壊的イノベーションに挑戦すると同時に,デジタル時代に合ったビジネスモデルを構築して,世界の膨大な顧客を獲得したのである。こうした新興のグローバル企業の特徴はまた,世界の他企業,顧客,サプライヤー,研究機関など,多様な組織と提携し,オープン・イノベーシヨンに取り組み,ビジネス・エコシステムを形成している点にもある。

 他方,20世紀に成長・発展した多国籍企業は,規模の経済のメリットを活用して海外市場に参入し,市場拡大をはかりつつ成長・発展してきた。多くの企業は,巨額の資本と巨大な生産施設で製品を大量生産・大量販売することが最大の利益獲得の方法だとして,グローバル戦略を展開してきた。このため,そうした企業は本社を頂点とする階層組織を構築し,イノベーションも中央集権的なクローズド・イノベーションに終始してきた。しかし,近年では技術のデジタル化で,ビジネス環境がいっそうグローバルな規模でスピーディに変化するようになると,新たな技術や製品を開発するには,国,業界などの境界を超えて,多様な組織と協業し,コラボレートする必要がでてきた。

 それゆえ,近年では海外事業を展開する場合でも,多額の資本や大きな生産施設を有することが絶対条件ではなく,また本社を頂点とする階層組織も必要でなくなってきた。デジタル化,ネットワーク,コネクタビリティが経営のキー・ファクターになるにつれて,規模の経済による競争優位性も陳腐化し,たとえ小企業であっても,世界の多様な資源や能力を入手・共有できるようになったので,短期間のうちにグローバル企業に成長・発展し,世界市場をも席捲できるようになったのである。だからこそ,「小魚がサメを襲う」というような事態も発性するようになっているのである。

 このように,いま急速に世界市場に台頭し,旧来の多国籍企業の地位を脅かしている企業は,まさにデジタル技術ベースにしたビジネス・エエコシステムを形成している企業である。このような企業は,企(起)業家精神を持ち,プラットホームを構築して,顧客,サプライヤー,大学,研究所,政府機関,NPO,社会起業家など,多くのステークホルダーとコラボレートし,相互に学習し,共進化を遂げつつ,世界の顧客や社会に対して新しい価値を創造している企業でもある。そのような企業は,端的にいうと,グローバルな「アントレプレナー型共創組織」の企業と称することができる。

 デジタル革命が急速に進行しつつある今日,これまでの多国籍企業が新たな成長を目指すためには,このようなアントレプレナー型共創組織へと進化を遂げなければならない。それには日本の伝統的な多国籍企業についても,トップのマインドセットをはじめとして,本社と海外子会社の存在目的や在り方,その両者の関係,およびその組織文化の大胆な変革が不可欠となることは言を俟たない。

[注]
  •   ここで紹介した「アントレプレナー型共創組織」については,拙稿「近未来の多国籍企業の組織:アントレプレナー型共創組織の構築」浅川・伊田・臼井・内田監修『未来の多国籍企業』第8章,文眞堂(近刊)を参照されたい。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1589.html)

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