世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
エネルギー転換期(トランジション)と将来シナリオ
(東京国際大学 教授)
2019.12.09
エネルギー分野において,「転換期(トランジション)」という言葉が良く聞かれるようになってきた。再生可能エネルギーの供給が増大し,CO2排出量ゼロに向けて世界は「転換」しつつあり,化石燃料の使用量を削減していく時代に入ったとの発言である。
ただし,世界のエネルギーの将来予測は多様な見方が存在しており,定まっていない。
本年11月にOECDのエネルギー機関(IEA)が発表した2019年の世界エネルギー予測では,化石燃料への依存度が高い状況は2040年に向けても続く可能性が高いとされている(Stated Policyシナリオ)。この予測は3通りのシナリオを示している。1つ目は,今までのエネルギー消費の伸びる傾向が続く現状維持シナリオ。2番目は,パリ協定に従い各国がそれぞれ宣言して化石燃料の消費量の増大抑制に取り組むStated Policyシナリオ。3つ目が,パリ協定に従い各国が2度C以下に気温上昇を抑えるために,CO2排出量の大幅抑制に取り組む持続可能シナリオである。
この持続可能シナリオの達成は極めて困難で,例えば中国では,電力供給での石炭発電への依存度が2010年で87%,2018年でも78%に達しており,石炭依存度を大幅に引き下げていくことは容易ではない。今後も中国のエネルギー消費量(特に電力消費量)は増大すると予測されるが,水力と原子力の増大幅は限られ,さらに太陽光および風力などの再生可能エネルギーの増設を目指しても,設置が進むにつれて適地は次第に減少せざるを得ない。
中国は,天然ガスの生産量と輸入量の増大に取り組んでいるが,2018年に比べて2030年には3倍の天然ガス消費量を目指している段階であり,石炭消費量を大幅に減少させるだけのガスの供給増(例えば10倍にする)は明らかに難しい。
一方,金融業界からは,パリ協定が締結されて再生可能エネルギーの導入が世界的にブームとなり,再生可能エネルギー向けの新規の資金需要が生じることは歓迎であるとの声が聞こえてくる。既存のエネルギー産業の設備取替向け投資の資金需要は大きくないが,産業構造の大幅な転換が生じるのであれば,金融業界の商売のチャンスは大きいと考えているのである。
こうした金融業界の動きが,SDGs,ESG(環境・社会・企業統治)投資,RE100(Renewable Energy 100%)などの呼称を世界的に広く周知させ,再生可能エネルギー導入ブームを生んでいると言える。
ただし,再生可能エネルギーの導入が今後どのように進むかについては,再検討しておく必要がある。例えば人口580万人のデンマークの取り組みが先進事例と呼ばれることがあるが,同国の電力消費量は30.5テラワットアワーで,日本の電力消費量の1,051.6テラワットアワーの3%にも達していない(2018年データ)。小規模であるとともに,欧州各国を経由する送電線で連系されており,電力供給の過不足分は他国と融通することが可能となっている。しかも,風力発電の世界有数の恵まれた風況の土地に位置し,陸上は平地が広がり,洋上には遠浅の北海が広がっている。100%再生可能エネルギーの導入を目指すべき国と言うことができる。
日本の中でも例えば,青森県,秋田県は,洋上風力の開発の余地がある地域で,広域の電力連系を維持しつつ,再生可能エネルギーの導入に積極的に取り組むことで,地域経済の活性化,地域興しを進めることが可能となる。
ただし,上記の国・地域と,首都圏の3千万人の人口に電力を供給することとは,同一に考えることはできない。電力需要の規模が大きくなると,エネルギーバランスとエネルギー源の構成を別途考える必要があり,さらに,エネルギー安全保障面からの配慮も求められる。
こうした中,日本の再生可能エネルギーは,固定価格での買取価格が引き下げられるに伴い導入ブームは沈静化に向かってきた。太陽光発電量は中国,米国に次ぐ世界第3位まで上昇したが,今後は,インドなどに追い越される状況にある。風力発電も国内の送電線にアクセスできる有望地域は,おおよそ設置が進んできている。地熱発電は,日本では今後の大幅な導入は難しくなっており,さらに,バイオマス発電は,外材および椰子殻などの燃料の輸入に依存するというFIT制度の本来の目的を外れた傾向が出ている。
転換点であることは間違いないと言える状況があり,日本としては,2040年,2050年,さらには2100年に向けて,エネルギーバランスの姿を描き,そのための設備の整備をいかに進めるかを考え,着実に投資を行っていく必要が生じている。
2019年版のOECDのエネルギー予測シナリオにおいては,日本は原子力の再稼働に努め,2030年以降は,原子力が,石炭発電およびガス発電を抜いて第一位の発電量を占めるとの予測となっている。海外で出される将来予測に対して,日本が自前の中長期のエネルギーシナリオ(複数シナリオもあり)を作成し,発信していく必要が生じている。
- 筆 者 :武石礼司
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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