世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1564
世界経済評論IMPACT No.1564

ブティジェッジは,トランプを倒せるか?

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2019.12.09

 ブティジェッジとは誰か? 37歳。インディアナ州サウスベンド市市長。2020年大統領選挙の民主党候補者選びに参加している「無名の新人」の一人だった。

 その彼がCNNやボストン・グローブが11月に発表した世論調査の結果,最初に党員集会と予備選挙の行われるアイオワとニューハンプシャーで,圧倒的に1位の支持を得た。バイデンは4位。ウォーレンとサンダースが2位と3位。

 しかしバイデン陣営は大きな脅威を感じてはいない。その次に行われるサウスカロライナの予備選挙では,バイデンは例えばCBSの調査で,2位のウォーレンに30%前後の大差を付けている。その理由は,同州の人口の約6割が黒人であり,オバマの後継者と思われているバイデンは,今のところ彼らの46%の支持を得ているからであるという。

 それに対してブティジェッジに対する黒人の支持率は24%。白人の支持率は60%。これでは黒人の支持が重要と言われる民主党大統領になるには不利である。

 だがアイオワもニューハンプシャーも白人中心の州なのと,ベテラン政治家への幻滅が,ブティジェッジの高い支持率の原因だろう。

 だが今までアイオワやニューハンプシャーの予備選で大勝利した無名の新人が,そのまま大統領になる現象は,特に民主党では良く見られた。

 少なくとも今世紀に入ってから,サウスカロライナ以前に予備選の行われた州の全てで敗北した候補者は,サウスカロライナで勝てても大統領候補にはなれなかった。逆にアイオワかニューハンプシャーのどちらかで勝って,サウスカロライナでも勝てれば,大統領になれる可能性は高まる。

 サウスカロライナは確かに全米の縮図で,中堅都市もあれば充実した大学もあり,州民の所得の平均は全米の8割ほどである。それに対してアイオワとニューハンプシャーは人口の少ない貧しい州ではある。そのためかアイオワには宗教保守派が多いと言われている。だがニューハンプシャーは,人口は少なくとも週内の高校生の成績の平均は全米2位である。

 このように米国の地域差を代表するようなアイオワ,ニューハンプシャー,(ネヴァダ),サウスカロライナの内,サウスカロライナを含む幾つかの州を取ることによって,アメリカという複雑な国を統治できる人物であることを証明できた人が大統領になれる。

 特に今まで大統領になった人は殆どサウスカロライナの予備選で勝っている。全米の縮図であるだけではない。アイオワやニューハンプシャーは,地方の小さな州であるため,その存在を4年に一度は誇示するために,党員集会や予備選挙を全米の他の州に先駆けて行うのである。そのため州民も全米を驚かせるような候補者を選ぶことが多い。

 しかしサウスカロライナは3ないし4番目である。州の規模も大きい。冷静な投票が期待できる。

 そこにバイデンは賭けているようである。

 だが先に述べたワシントン政治のベテランへの反感等を思う時,ブティジェッジがサウスカロライナでも勝利し,民主党大統領候補になる可能性はあるようにも思われる。

 そもそも何故ブティジェッジは黒人から忌避されているのか? それはサウスベンドの再開発を巡って市警察の黒人に対する差別的な問題を積極的に解決しようとしなかったことが大きい。だが,それは再開発の中で起きた出来事の一つとして説明可能かも知れない。

 再開発自体は,必要な資金を集める債権を起債したりして,上手くやっている。彼は元々マッキンゼーで働いていた金融・経済コンサルタントである。ワシントン政治にも,あまり深い関係はない。

 そういう意味では不動産で財をなし,ワシントン政治には2016年まで関わって来なかったトランプ氏とは似ている。

 トランプ氏の当選は,既存のワシントン政治に対する,アメリカの草の根の反感の表れだった。2020年には同じ風が,ブティジェッジを大統領にするかも知れない。

 だが二人の間には大きな違いがある。ブティジェッジは同性愛者なのである。そのことを,むしろ誇示している。

 トランプ政治には「ワシントン既成政治の打破」と,もう一つ重要な柱がある。それはアイデンティティ政治―“白人ピューリタンの共同体としてのアメリカの復活”である。

 すると,それに対する「逆アイデンティティ」として,若者世代が,ピューリタンが絶対的に嫌う同性愛者であることを誇示しているブティジェッジの下に糾合するという可能性も,ないわけではないように思う。

 しかし今の米国の若者世代は,ピューリタンとは別の意味で,同性愛に批判的な,カトリック教徒であるヒスパニック系移民が多い。プロテスタント系でもピューリタンより狂信的ともいうべき福音派が増える傾向も見られる。

 なお彼の都市再開発計画には,待遇を良くすることで優秀な人材を警察や学校教員に集めることも含まれるのだが,なぜかサウスベンドでは今,警察や学校教員の志望者が少なくて困っている。彼には目下の人を引き付ける何かが不足しているのかも知れない。

 そう考えるとブティジェッジが若者世代の支持を糾合して大統領になるのは,やはり容易なことではない。もし,なれたとする。トランプ氏とは「アイデンティティ政治」以外の点で大きく違う政治を行わないのではないか?

 彼は年金や医療保険その他の国内の格差問題を重視し,アフガンで戦った海軍軍人でもあることから,アフガンその他からの米軍の撤退論者である。

 要するに2020年にトランプ氏が再選されても,ブティジェッジのような人物が当選しても,日本としては今までと同様に米国を頼ることが出来ず,独自の安全保障政策を取る必要に迫られることに大きな違いはないかも知れない。

 そうであれば次第に交渉の仕方が分かって来たトランプ氏の方が望ましいように思う。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1564.html)

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