世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1552

イランの民衆抗議と過酷な弾圧の行方

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2019.11.25

 イランがまたしても体制変化を期待させるような混乱を見せている。燃料価格引き上げに端を発した抗議運動がイラン全土に波及し,21日現在1週間継続している。多くの犠牲者が発生しているとも伝えられている。反政府勢力「人民の殉教者」によれば,21日現在251人の死者と3700人以上の負傷者,また7000人以上の逮捕者を出した。銀行の焼き討ちも各地で報告されている。イラン当局はインターネット遮断も行い国外に情報が漏れるのを防ごうと躍起になっている。報じられることが少ないが,実はイランでは大小問わず生活を巡る抗議運動はこの1,2年程頻発するようになって来ている。何度も大規模なデモが繰り返されることで,民衆も徐々に大胆になっている。モッラー(宗教指導者)による「法学者の統治」体制の経年劣化が無視できなくなってきた。

 イラン国営通信は2018年の大規模な抗議運動の規模を超えるとも報じる。前回の大規模デモの際には最高指導者ハメネイの肖像が燃やされたり,侮辱するスローガンが唱えられ指導部に衝撃が走った。それ以前の大規模デモの際は当局が僅かな譲歩をしつつ,「アメリカ,イスラエルに死を」のスローガンで幕引きにしてきたからだ。今回もまたハメネイを非難するスローガンが唱えられていると報じられた。大統領ロウハニはアメリカ,イスラエルが抗議運動の背後に存在すると主張する。モッラー体制指導部の常套句であり,何か根拠があって口にしていることではない。確かに,アメリカは核合意破棄,制裁強化により本気でモッラー体制を打倒しようとしていることは間違いない。しかし抗議運動自体は生活苦への不満を背景とした自然発生的なものだ。民衆自身の声であるからこそ指導部はその広がりを恐れている。彼らは40年前に国王を倒した民衆運動の威力を身に染みて知っている。

 今回の抗議運動はクルディスタンにも波及している。トルコ,イラクで活動するクルド系武装勢力クルディスタン労働者党(PKK)のイランにおける系列勢力は,早速抗議運動への支持を表明した。クルド人地域においては,前回2018年のデモ程は盛り上がりを見せていないが,モッラー体制への不満は中心部より強い。辺境の異民族地域は経済が疲弊するイランの中でも特に厳しい経済状況にある。多くの貧しいクルド人は危険を冒してまで徒歩の密輸を行い日銭を稼いでいる。雪山で行き倒れになったり,イラン当局による銃撃で多くが犠牲になってきた。バローチ人が多く住むパキスタンと国境を接するシェースターン・バルーチェスタンもイラン最貧地域として名高い。多くのバローチ人が麻薬密輸に手を染め,一般イラン国民にとって犯罪の巣窟と印象は良くない。これら地域住民の多数宗派はスンニであり,シーアのモッラー体制に疎外感を抱いている。反体制派勢力はこれら諸民族の不満を如何にすくい上げることができるかということも,体制打倒のカギとなる。

 モッラー体制の綻びは着実に広がっているが,今回の抗議運動が直接揺るがすことはないと思われる。モッラー体制の矛盾拡大に反し反体制派勢力はまだ結集できていないからである。取って代わることのできる新政府像が国民に提示されない限り,モッラー体制の余命もまだ幾ばくか残る。

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