世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1541
世界経済評論IMPACT No.1541

グローバリゼーションとIT化の進展下での製造業のサービス化:その広がりとその将来方向

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2019.11.18

 製造業のサービス化と呼ばれる状況がここ十年ほど,耐久性の高い大型機械設備を中心とする生産財部門で急速に広がり,現在では同様の耐久性をもつ消費財にも波及している。これは日本発の精巧な「モノ作り」に自信を持ち,とかく生産至上主義に陥りがちだった日本の製造業が,20世紀末からの長期の停滞に陥っていたことから,その脱出路の一つとして工夫されてきたものである。ここでは作れば良いという姿勢を改め,マーケティング活動にも精通するばかりでなく,さらに「アフターマーケティング」とも呼ばれる,保守,補修,取り替え,稼働状況の観察などの活動にも通暁していく,トータルビジネスの展開が肝要となる。これを実際に可能にした背景には,IT化の進行がある。センサーによって自社製品の稼働状況を絶えずモニタリングし,インターネットを通じてリアルタイムでメーカーとユーザーを結び,部品類の寿命に応じた即刻の置換や,故障箇所の発見と修理,さらには実働上のクレイムへの適宜な対応などが可能になったからである。そしてその主要な要因は,技術進歩と生産の合理化がもたらした生産過剰傾向とグローバリゼーションの展開による途上国への生産シフトによる競争激化の到来にある。その結果,最新製品がたちまちのうちにコモディティ化する時代となった。

 こうした筋道は大型の機械設備などの耐久財においては,従来から重視されていて,代表例は航空エンジン部門におけるGEのビジネスモデルである。GEはロールスロイスと並んで世界の航空エンジンの最大手で,あらかたの航空機に搭載されている。そこでは実働状況をリアルタイムでモニターし,その結果を厖大なデータとして蓄積しているばかりでなく,実際に故障が発生した際には,空港に常設した修理工場に必要な人員を配置し,必要な機械類を備蓄しておいて,迅速に対処できるようにしている。さらには予知保全の精神に基づいて,必要な点検を怠らないでいる。それを可能にしたのは,Predixと呼ばれる総合ソフトシステムで,それをネットワーク網で結び,さらにはグローバルスタンダードにするための企業連合まで構築している。そして航空機の契約にあたっては,「包括契約」と呼ばれるユーザーが飛行単位で費用を払うシステムを採用していて,エンジンメーカーのユーザーへのロックイン(囲い込み)が生み出されている。

 同様のビジネスモデルをとっているのがコマツの方式である。コマツは製品を自社製造し,海外に輸出しているが,実際の販売は現地の代理店に委ねている。ただしアフターサービスは,製品に関する詳細なニュースを盛り込んだCSS-NETとGPSを通じて運用状況を逐一把握するKOMATRAXを二本の柱にしたITソリューション型のビジネスを展開している。これによってアフターサービスの可視化を可能にし,リアルタイムでの対応を目指している。そしてメーカー,ユーザー,代理店が情報を共有している。ただし基幹部品である油圧バルブエンジンは純正品として日本国内での生産に集中し,それ以外の部品類は低廉な現地調達を行うという使い分けをしている。かくてコマツの売り上げの中心は今や取り替え部品と工賃(人件費)にある。

 コモディティ化の激しい今日の製造業の状況にいかに対処するかは各メーカー,各産業が苦心しているところだが,そこではモジュラー化を進めて,アウトソーシングに出して,割安な製品を作り,自社はソフトやソリューションサービスに特化する道が一方にある。それはIT産業に特徴的だが,スタンダードを握って巨大化したごく少数の独占企業が上層に誕生すると,その部品分野においては多くの細かいレイヤーに別れ,そこでは専業部品メーカーが特化によって極めて優秀な部品を提供できるという相反する傾向が生まれた。そしてその両者が企業間提携に基づいて共存することになる。他方で,製造メーカーがアフターサービス活動に主眼をおいたソリューション型のビジネスを展開するようになり,そこではユーザーをロックインすることによって,その地位を確保し,利益を拡大している。このモデルは大型機械などの生産財で成功を収めたばかりでなく,次第に消費財にも現れてきている。前者においてはグローバル化が進み,新興国の進出が激しいが,先進国企業側も,こうした新興国の企業を利用して,割安な量産品を作ることを積極的に行う向きがあり,これは巷間「小判鮫商法」と呼ばれる大樹への依存による新興国企業の成長を促した。だが,最近の中国や韓国の不振はこうした路線が曲がり角に来ていることを雄弁に物語っている。韓国の素材国産化路線や中国の自主創新技術開発が物まねの域を超えて,本家の「虎の尾を踏む」ことになり,その逆鱗に触れたからである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1541.html)

関連記事

関下 稔

最新のコラム