世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トルコの北シリア侵攻の行方
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2019.10.21
シリア危機が新たな次元へ深化している。トルコは9日夜,北シリア侵攻作戦「平和の泉」を発動した。7日,アメリカ軍部隊が突如国境地帯のギレスピ(アラビア語名:タルアブヤド),セレカニエ(アラビア語名:ラスルアイン)から撤退を開始したと伝えられ,トルコ大統領エルドアンは早期の北シリア侵攻作戦開始を発表した。直後の軍事行動はなく小康状態が続いていたが,遂にトルコは危険な冒険に打って出た。各国からは批判的な声明が相次いだ。同日ヨーロッパ諸国の要請で緊急の安保理が開催された。トルコ代表はただ一人自国の主張を擁護した。トルコの言う「安全保障上の懸念」「テロ組織の掃討」といった大義は国際社会に受け入れられていない。トルコが掃討を目指すシリアのクルド勢力はテロ組織イスラム国壊滅の立役者だ。またトルコ領内のクルド勢力と直接的な連携をとったこともない。エルドアンが7日シリアへの侵攻を表明して依頼,リラも大きく下落した。市場関係者も今回の軍事行動がトルコ経済の前途を暗くすると受け止めていることの証左だ。シリア内戦は新たな次元へ深化したことは間違いない。アサド政権対反体制派勢力という構図はもはや終わり,トルコ並びそれに与する勢力対アサド政権並びにクルド勢力の祖国防衛戦争の様相を呈している。
トルコがこのまま北シリアの国境地帯を占領したとして,「平和の泉」になるのか。その行方を占うにはアフリンという先例を見るべきだ。アフリンの住民はトルコによる占領後,トルコ傘下の反体制派勢力の略奪や身代金目当ての誘拐の恐怖にさらされている。トルコ傘下のシリア反体制派勢力もまた一枚岩ではない。アフリンでは度々トルコ傘下の武装勢力同士の戦闘が報告されてきた。また,クルド勢力もゲリラ部隊を結成し,トルコ軍を狙ったテロを繰り返している。一方トルコ側の摘発作戦は稀にしか成功せず,ゲリラの活動は野放しになっている。トルコはアフリンにも30万人以上の難民を入植している。トルコはクルド勢力掃討の暁には北シリアへ200万人もの難民の帰還を実行すると説明しているが,正確にはそれら難民は故郷へ帰還するのではない。トルコ国内のシリア難民の大半は北シリア出身者ではないからだ。つまりトルコの言う難民の帰還は実質クルド人,アッシリア人が多数を占める北シリアへのアラブ系住民の入植なのである。クルド側が人口構成比の変化を企んでいるとトルコを批判する所以だ。大量の「よそ者」を特定の地域に送り込むこと自体紛争の種を撒くようなものである。クルド勢力が血を流し守った平和な北シリアは血生臭い地域に変わることが疑いようがない。
アメリカ軍部隊の撤退が伝えられると中東問題の識者,ジャーナリストは一斉にアメリカがクルドを裏切ったと発言した。しかし実際にはアメリカは根本的な方針転換はしていない。未だシリア全域から撤退しておらず,トルコ軍が侵攻を開始する直前の9日にもクルド勢力との共同警備を実施していた。しびれを切らしたトルコとの軍事衝突という最悪の事態を避けたと言うのが正しい。アメリカのクルドとの同盟は過去のような一時的「利用」ではなく,長期的な戦略変化の一環である。トルコは中東におけるNATOの牙城であった。しかしエルドアン政権が成立しトルコはイスラム国家化へ舵を切り,あろうことかイスラム国を支援しているという疑惑も飛び出した。イスラム国打倒のためにクルド人支援を開始したことも相まって反米世論も強まってきた。アメリカは同盟国の変質により,関係の見直しを迫られた。アメリカはトルコが完全な敵国になることも想定に入れていると見られる。東地中海ガス田開発問題で紛争を抱えるキプロス,ギリシャの防衛力強化にも乗り出している。クルド人は中東では珍しい親米派だ。イラクのクルディスタン地域含めクルド人が自治を獲得することは,中東の中心アルジャジーラ(チグリス・ユーフラテス川に挟まれた島の意)に新たなイスラエルが誕生するに等しい重要性がある。トランプはトルコ軍の侵攻開始後改めて,トルコがもしクルド人虐殺・追放をすればトルコ経済を破滅させると発言した。アメリカのクルドシフトはまだ始まったばかりである。
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