世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日本の深刻な「人的資本〔力〕」毀損問題と「最適危機回避者」
(桜美林大学大学院 教授)
2019.10.14
筆者は,2013年前後から開始された「アベノミクス」戦略の理解と分析について,これまで日本で徐々に悪化を続けてきた「人的資本〔力〕」問題に対する,実質的な構造改革スタンスに,特に注目してきた(拙著『21世紀日本型構造改革試論』弘文堂,2014年)。
ここでまず「人的資本」とは「個々人に内在化された知識・技能〔スキル〕・能力・諸属性で,個人的・社会的・経済的な幸福を増進するもの(OECD,2001)」と定義される。
これまで各国において,長期にわたって拡大し,高度化を達成してきた「人的資本」こそが,マクロ・ミクロ両面で,経済社会の成長/発展の原動力であった(OECD)ことはいうまでもない。
そしてさらに筆者は,個人・家族・社会の分野で,「人的資本」の形成/発展,再生/修復を,長期的に支えかつ推進していく原動力・ダイナミズムについて,これを『人的資本力』として概念化を試みた(前掲書,p.175)。
しかしながら先進各国では,現在,国別にばらつきはあるものの,概ね「少子化〔人口問題〕」「(乳幼児・被扶養者・女性などへの)DVや虐待/ニグレクト」,「若年層の非労働力化,ニート化」「うつ等メンタルヘルス異常症例の増大」といった,「人的資本」に深刻なダメージを与える問題に慢性的に悩まされてきている。つまり解決・改善が容易ではない「構造問題」化している,とみられる。とくに日本では,従来から懸案となっている少子化〔高齢化〕社会加速と人口減少の問題だけでなく,子育て段階での諸暴力(虐待やニグレククト等),さらには広範に見られるさまざまないじめや各種ハラスメント,働き方やメンタルヘルスにおける問題等,人(人的資本)を傷つける問題の増大/深刻化が,急速に進行,顕在化している。
さて人的資本を大きくかつ深刻に破壊・毀損する要因としては,歴史的には戦争や紛争,疫病・疾病,天災(地震,津波,台風,異常気象),干ばつ・飢饉,犯罪・事件や事故,といった原因が非常に多かったし,今でもこれらを克服し得たわけではないことはいうまでもない。
しかし前述のように,このところ日本では,人が個人・家族〔親等〕を通じて,「初期の人的資本形成(子育て)段階」で,直接的に深刻なダメージを与えたり,各種社会(とくに学校や企業)で人的資本を毀損させる「負のベクトル」が作用するケース,が統計上でも年々増大をみているといえよう。
これまで日本の個人・家族・社会の分野に生じた「人的資本〔力〕」毀損問題に対する,一般的な危機意識(感)としては,①特殊・事件視(異常・例外的なケースとして認知),②軽視(大部分の個人・家族・地域社会は健全で無縁と考える),③初期対応〔問題・病症への専門家や,行政当局による指導・施策による改善を期待〕④問題の拡大(個別事例や事件・臨床例が増大し累積する一方で,初期〔初動〕対応が十分でないため,改善効果は乏しいか限定的)⑤総論的な政策課題化,〔問題意識などが共有され,一般論的な政策立案がなされるが,具体的・実効性ある法規制や方策が打たれるには至らず,結局現場に対処・処方を依存〕⑥実質的で実効性ある改革施策・政策の実施,という流れを経ると考えられる。
そして現在の日本では,アベノミクスでの積極的政策課題化――すでに日本再興戦略(2014)によって,女性の更なる活躍促進,子育て家庭への手厚い支援や幼保環境の改善,働き方の改革,が提示された,その後も「一億総活躍社会」の実現にむけ,2019年に広範な「働き方改革関連法」が施行されている――によって,「人的資本〔力〕」の縮小(少子化・人口減)問題のみならず,「人的資本〔力〕」の破壊・毀損(DVや虐待,ハラスメント,いじめ,各種のメンタルヘルス問題など)が,日本全体で重大な問題として,広範な層に認識されてきたのである。
さて「人的資本」はその形成過程でさまざまな危機に直面するが,これを回避し,防ぎ,ダメージを軽減し,あるいは回復させるべく,最も適切なダイナミズムを発揮できる存在-「人的資本」形成の当事者(本人)以外による『人的資本力』の発動が可能な存在-が不可欠になる。
この存在は「親」「兄弟」「家族」といった人々に必ずしも限定されるものではなく,「友人」「先生」その他の人々も含んで考察されるべきであろう(最適危機回避者(仮説))。
そして昨今の日本における幼児虐待やいじめといった「人的資本〔力〕」毀損・破壊についての諸問題頻出については,本質的に,A日本の「人的資本〔力〕」(ダイナミズム)自体に衰えが生じてきた,或は構造的問題を抱えていることに起因する〔内生的〕ものなのか,Bこれに対し「人的資本〔力〕」を取り巻く外的環境の変化・高度化・複雑化・困難/悪化により,個人・家族・社会への「圧力」が飛躍的に増大したため(外生的)(これに人的資本〔力〕が有効に適応できていない)なのか,C両者が複合した要因によるものか,という議論は,こうした人的資本毀損への危機予防・危機管理について,第一義的な「当事者」の責任と選択の問題(本人を囲む家族,及び学校や行政〔児童相談所や警察など〕の綱引き)として,重要な意味を持つものである。
「人的資本〔力〕」分野での改革及び改善は容易ではないが,政策当局としては,マクロ的には経済・社会政策によって,「人的資本力」の構造危機化を回避し,ミクロ的には個々の局面において,危機予防及び危機管理を有効に行うために,「最適危機回避者〔仮説〕」を的確に把握し,有効な支援を行うべきであろう。ともすれば,危機が実現してしまった際での責任追及論が優先しやすいなかで,きめ細かい支援策,地道な努力をかさね,現場での成果を見極めていくことが重要である。
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