世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1489
世界経済評論IMPACT No.1489

「イスラム国復活論」の意味

並木宜史

(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)

2019.09.23

 イスラム国の復活が盛んに論じられている。アメリカ国防総省はアメリカ軍部隊の一部が撤退したことによりイスラム国復活の土壌が生まれていると警告する報告書を発表した。アメリカの撤退により力の空白が生まれISの活動が盛んになっているとされているが,このような情勢分析は事実と異なる。クルド人部隊を中核とするシリア民主軍(SDF)は日々部隊を増強し,対テロ部隊はその能力高めている。SDFの指揮官は繰り返し部族の指導者と会合を重ね,イスラム国台頭の要因にもなった部族間の対立や不満の融和に努めている。新たな外的脅威がなければ治安維持に支障が出ることはない。イスラム国側も数年間の戦争で「領土」のみならず人材を数多く失った。イスラム国が他のイスラム過激派と異なり強力な存在であったのは,旧イラク軍,諜報機関出身の人材が指導していたことである。ただ国家を僭称していたのではなく,実際に国家を支えていた人員がテロ組織を運営していたのである。しかし,初期の快進撃を支えた有力な旧イラク軍出身者はもういない。イスラム国に残されたのは母国から帰国を拒否され行き場を失った外国人戦闘員くらいだ。

 イスラム国の新たな脅威は,トルコが北シリアへ侵攻の準備を始めたことで生じた。SDFがイスラム国最後の拠点バグズ攻略中に,トルコが侵攻を表明したことで,部隊を国境へ転身させイスラム国壊滅に暗雲がたちこめたこともあった。トルコはクルド人支配地における破壊工作を指導しているともささやかれている。シリア人権監視団はトルコが難民から身分証を取り上げ,金銭と引きかえに工作員になるよう迫っているとも伝えられている。イスラム国の最後の拠点解放後,北シリア東部各地で収穫前の小麦畑に放火される事件が相次いだ。表向きにはイスラム国の残党が実行したことになっている。ユーフラテス川以東地域に混乱状態を作りたいトルコの利益と合致する。トルコとイスラム国の関係は以前から公然の秘密であった。今年3月にある安全保障系メディアはイスラム国の「トルコ大使」であったモロッコ出身者の証言を伝えた。彼はトルコの安全保障部門に関わるあらゆる高官と面会することができたそうである。彼の任務はトルコに入国した外国人戦闘員をシリア領内に送ることであり,そのためのトルコ軍,諜報部門関係者との打合せはトルコ領内の事務所で行われたという。

 アメリカは北シリア侵攻も辞さない姿勢のトルコに一旦妥協した。しかし,トルコが望む北シリアへのトルコ軍駐留は極力避け,共同警備により形式上安全地帯を設置したことにするアリバイ作りに過ぎない。今月5日にはアメリカ・トルコ両部隊による警備活動が実施されたと伝えられた。アメリカもまたイスラム国支援をしていたトルコ軍が北シリアに展開し,クルド人勢力が築いた平和を破壊するのを望まない。トルコ大統領エルドアンは先月末こうしたアメリカの姿勢に自力で安全地帯設置を強行すると息巻いた。

 イスラム国の復活はもはや不可能だ。しかしトルコがシリアへの侵略的姿勢を止めない限りイスラム国の火は燻り続ける。これが「イスラム国復活論」の真実である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1489.html)

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