世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トルコのシリア介入がもたらす大戦
(ジャーナリスト norifumi.namiki@gmail.com)
2019.08.19
シリアは8年に及ぶ内戦を経て,アサド政権とクルド人勢力の勝利が確定し平和がみえつつある。しかし今シリアでは和平の機運に水を差す,新たな危機が進行している。トルコによる北シリア侵攻の可能性だ。北シリアはかつてイスラム国の支配地であったが,2015年始めにクルド人が反撃を開始して以来,今年2月に最後の拠点が陥落し北シリアはクルド人の支配地になった。トルコはクルド人の勢力拡大を自国のクルド人の独立意欲を活性化させるとして敵視してきた。
一方のクルド人はイスラム国自体クルド人の伸長を抑えるためトルコの陰謀の産物だと主張する。シリアのクルド人は独立を目指すことはないと明言し,アサド政権含めた和平交渉を訴え続けている。トルコが2015年9月に一方的に破棄したクルド人との和解交渉を再開すれば,シリアのクルド人も脅威ではなくなる。
トルコ大統領エルドアンはクルド人との和解でなく軍事侵略によるクルド人の打倒を目指し始めた。まず2016年7月にまだイスラム国支配地であったジャラブルスからアルバーブに侵攻しクルド人が解放する前に奪取した。また,2018年1月にはとうとうクルド人支配地のアフリンに侵攻し3月に占領を宣言した。これでユーフラテス川西岸地域の大部分はトルコの支配地となった。領土拡張欲求はとどまることを知らず,昨年からクルド人支配地の中心であるユーフラテス川東岸地域に侵攻すると主張し始めた。
トルコが占領したユーフラテス川西岸地域では,自国のインフラを導入し,トルコ軍が行政,警察を運営している。アフリンではクルド人が育てたオリーブを勝手に収穫し輸出している疑惑も出て,EU諸国でトルコ産オリーブ製品の不買運動も一部起きた。トルコは北シリアを半植民地化している。北シリアはシリア国内でも経済的に重要な地帯だ。不毛な地域が多いシリアの中で北シリアは貴重な穀倉地帯である。シリア東部には有数のガス田,油田があり,イラクから北シリアを通り沿岸部ラタキアへパイプラインを通す構想もある。それが実現すればトルコの「東西の十字路」としての価値は大きく落ちる。トルコが北シリアへの侵攻を唱える理由は明らかにクルド問題だけではない。
アメリカはトルコ,クルド人双方の仲を取り持ちつつ戦争の危機を回避しようと努める。8月7日にアメリカとトルコはアンカラで協議を行い,アメリカはトルコの立場に賛同してたと報じられた。一方,その直前にアメリカ軍が大量の武器弾薬を北シリアへ輸送していることが報じられた。トルコは西部でも火種を抱える。アメリカはEU諸国と共にトルコの東地中海ガス田開発計画に反対している。ギリシャに兵器供与を行い,キプロスへの武器禁輸法を撤廃した。アメリカがトルコとの和解を諦め,戦争の準備を開始したのかは定かではない。エルドアンは話の通じる相手とは言い難く,トルコ世論の反米意識の拡大は戦争中の日本における「鬼畜米英」の域に達している。アメリカはこうしたトルコ国内の状況も考慮しつつ,最悪の事態を想定していることは間違いない。
戦争になればトルコは孤軍奮闘を余儀なくされる。ロシアはトルコを抱き込むことでNATO諸国の鼻を明かしたいだけで,アサド政権のような同盟相手とはみなしていない。そのロシアが支援するシリアのアサド政権は激しくトルコを嫌悪している。シリア反体制派の最大のスポンサーはトルコであり,諜報機関がイスラム勢力へ密かに武器を送っていたことも,トルコ人ジャーナリストのすっぱ抜きで明らかになった。また今や公然とシリア領内に大軍を展開している。シリアはトルコが危機に陥れば必ず復讐をする。反体制派最後の拠点シリア西部イドリブ周辺のいわゆる「停戦区域」において,シリア軍がトルコの拠点を攻撃する事態が相次いでいる。挙国一致体制すら構築できない。国内南東部にはクルド人が居住し,民族紛争の炎がくすぶっている。既に和平が崩壊した2015年後半から2016年前半にかけてトルコ南東部は内戦状態に陥っていた。トルコがシリアで泥沼の戦争を繰り広げることになれば,力を蓄えたクルド人勢力はまた決起する。
一番の危機はトルコ国内に戦争を止める力が存在しないことである。6月の統一地方選におけるイスタンブル市長選で与党候補者がやり直し選挙含め2回も落選したことは,トルコに民主主義がまだ存在していたことを知らしめた。とはいえエルドアンは軍・諜報機関・警察を掌握し,選挙における敗北等では揺るがない権力を誇る。戦争になれば大きな犠牲をもたらしつつもトルコは敗北し,シリア内戦も終結する。21世紀に入り最大の悲劇とも言われる戦争が,新たな大戦争によって終焉を迎えることになればあまりにも酷い皮肉だ。
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