世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1432
世界経済評論IMPACT No.1432

エクソンモービル・ベイタウン製油所で見たもの:巨額投資計画の背景にある自信

橘川武郎

(東京理科大学大学院経営学研究科 教授)

2019.07.29

 2019年の3月,エクソンモービルの主力工場であるテキサス州のベイタウン製油所を見学する機会があった。ヒューストンのダウンタウンから車で東へ小一時間ほど走ったところに,世界の耳目を集め続けてきた,そして今も集め続けるこの製油所は立地する。

 土地柄,周辺にも大きな生産設備が林立するが,ベイタウン製油所の巨大さはひときわ目につく。それもそのはず,同製油所の原油処理能力は,日本最大のJXTGエネルギー水島製油所のそれ(32万200バレル/日)の2倍近い58万4000バレル/日に達するのだ。訪問した時点で,全米第2位,世界第9位の規模だという。

 ベイタウン製油所には,化学製品製造装置も併設されている。18年7月には,年産150万トンに及ぶエタンクラッカーが操業を開始したばかりだ。

 ベイタウン製油所には,4基の常圧・減圧蒸留塔(エクソンモービルは「パイプスティル」と呼ぶ。日本では,通常,常圧蒸留装置は「トッパー」と呼ばれる)のほかにも,充実した2次装置が並ぶ。2基の流動接触分解装置(FCC)に加えて,ディレイドコーカーとフレキシコーカーが1基ずつある。このうちフレキシコーカーは,ERE(エクソンリサーチ&エンジニアリング)社が開発した技術を体現したもので,世界に5基しかないという。さらに,14基の水素化関連装置,2基の接触改質装置(CR),1基のラフィネート水素化転化装置(RHC)も擁している。

 化学品製造装置の規模も大きい。ガス由来とナフサ由来を合わせるとエチレンの生産能力は年産480万トンで,世界最大規模だ。日本全体のエチレン生産能力(2016年末で615万5000トン)の8割近くに達する。

 ベイタウン製油所で勤務するエクソンモービルの社員は,約3600人。このほか,約6000人の契約会社の従業員が働いている。

 ビジターセンターで説明を受けたのち,ツアーバスに乗って,ベイタウン製油所を見学した。車内で案内してくださったのは,長いあいだ同製油所で勤務していた75歳になるOBだ。今でも現場への愛情にあふれる彼の説明は,歴史をひも解くことから始まった。

 製油所の建設が始まったのは,見学時からちょうど100年前の1919年。翌20年には,操業を開始した。現在の敷地に立地することになった理由は二つ。目の前に水運の便が良いヒューストンシップチャネルが通っていることと,当時,近くで油田が発見されたことだ。現在でも,水深約40フィート(12メートル強)のシップチャネルは,ヒューストン周辺に集積する諸工業関連施設の物流を支える大動脈となっている。一方,ベイタウン製油所の地元のテキサス州は,今でもシェールオイルの開発に沸き,油田地帯であり続けている。

 ベイタウン製油所の構内をめぐってみて,古い施設が多いことに少々驚かされた。実際に,常圧・減圧蒸留塔のうち1基は1946年に建造されものだし,2基の流動接触分解の建造年も49年と58年だ。古い設備に補修を重ねながら,大事に使ってゆく。これが,同製油所の一つの顔のようだ。

 しかし,ベイタウン製油所には,もう一つの顔がある。状況の変化に対応して,柔軟に姿を変えてゆく顔だ。近年,国際海事機関(IMO)が船舶用燃料の硫黄酸化物(SOX)規制を強めていることからもわかるように,含有硫黄分が少ない石油製品へのニーズが高まっている。このような状況下,ベイタウン製油所は,コーカーを建設したことに加え,2010年にはウルトラローサルファの軽油を製造する装置(HU10)の運転を開始した。今後も,石油製品の含有硫黄分を抜本的に削減する措置の建設を予定している。

 ベイタウン製油所は,一時期,重質原油を分解することを重視する方針をとった。しかし,軽質原油であるシェールオイルの増産が進むと,逆方向へ方針転換した。また昨今,同製油所は,エチレン生産の原料をナフサからガスへ劇的に変化させた。これが,シェールガス革命の進行に対応したものであることは,言うまでもない。

 バスツアーを終えてビジターセンターにもどり,担当者の方から,エクソンモービルが発表した2018年版のエネルギーアウトルックの説明を受けた。このアウトルックは,16年の実績値と40年時点での予測値とを比較したものであるが,供給面では,石油が年率0.7%の増加,ガスが同1.3%の増加,石炭が同0.1%の減少,非化石エネルギー(再生可能エネルギーと原子力)が同1.6%の増加,全体では同0.9%の増加,と見通している。

 石油の見通しが思いのほか高いのが印象的であるが,その根拠となっているのは,世界全体でみればエネルギー需要が増大すると見込まれること,モビリティ(車・船舶・航空機)用の石油需要は乗用車については20年代にピークアウトするものの,商用のウエートが大きいため,全体としては30年代半ばまで増加すると予想されること,などの事情である。「石油メジャーによるアウトルックだから石油に甘いのは当たり前」という安易な見方ではかたづけられない,説得力が感じられた。

 このアウトルックも参考にしてエクソンモービルは,見学直前の19年3月に,20年末へ向けて,年平均320億ドル(約3兆5800億円)にのぼる投資増強計画を発表した。その多くが,設備投資に振り向けられるという。「大丈夫だろうか」と思わせるほど巨額な投資であるが,少なくともベイタウン製油所で出会ったエクソンモービルの人々は,現役組もリタイア組も,自信に満ち溢れていた。その基底には,誰もが認める石油のメインステージで世界のエネルギー供給を支えているのだという,強い使命感が存在するように思えた。それこそが,メジャーの底力であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1432.html)

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