世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1427

対韓輸出規制の強化と日韓の対立

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2019.07.29

G20直後の対韓輸出規制発表

 日本政府は半導体材料の韓国向け輸出規制を強化する。この新政策がネットで報じられたのはG20が終わった2日後,6月30日(日曜日)であった(注1)。政府の発表は7月1日,経済産業省(以下,経産省)から行われた。その発表(注2)は「大韓民国向け輸出管理の運用の見直しについて」と題し,次のように書かれている。

 「経産省は,外国為替及び外国貿易法に基づく輸出管理を適切に実施する観点から,大韓民国(以下,韓国)向けの輸出について厳格な制度の運用を行います。輸出管理制度は,国際的な信頼関係を土台として構築されていますが,関係省庁で検討を行った結果,日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況です。こうした中で,韓国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっていることに加え,韓国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこともあり,輸出管理を適切に実施する観点から,下記のとおり,厳格な制度の運用を行うこととします」。

 2日付で各紙はこの経産省の発表を一斉に報じ,対韓輸出規制の問題点や懸念を指摘した。各紙の見出しは,日本経済新聞(以下,日経)が,「対韓輸出規制,恣意的運用の恐れ,元徴用工で対抗措置-半導体素材など,中長期的に『日本離れ』懸念も」(電子版),朝日新聞(以下,朝日)が,「半導体材料,対韓輸出を規制-元徴用工問題,事実上の対抗措置」であった。

 経産省は,「日韓間の信頼関係が著しく損なわれた」状況や「輸出管理をめぐる不適切な事案」が何であるかを具体的に説明していないこと(注3),元徴用工訴訟を巡って,韓国に強硬措置を求める声が自民党や官邸内に高まっていたこと,さらに安倍総理の発言(注4)などもあって,対韓輸出規制の強化が元徴用工問題に対する対抗措置だと報じられたのは,「自然な成り行き」(注5)であった。しかし,これは両国関係にとって不幸なことである。

 その結果,「他国に政策変更を迫る手段として貿易措置を使うのは米国と同じだ。批判すべき立場の日本が同じようなことをしたのは残念だ」といった批判(注6)(3日付日経),「自由貿易の原則をねじ曲げる措置は即時撤回すべきである」(3日付朝日社説),「韓国側に問題があるにせよ,これでは江戸の仇を長崎で討つような筋違いの話だ」(同日付朝日天声人語)といった批判が出た。筆者も,2日付の新聞報道を見て,まず思ったのはトランプ政権の通商政策との類似性であった。しかし,筆者の認識は最近,細川昌彦中部大学特任教授の解説(注7)を読んで,変わった。

韓国に対する厳格な措置の内容

 上記の経産省の発表で,「以下のとおり,厳格な輸出管理制度の運用を行う」として挙げられたのは,次の2つの措置である。第1は,韓国を輸出管理上の「ホワイト国」のカテゴリーから削除する政令改正のため,意見募集手続きを開始する。意見募集期間は7月1日から24日までとされ,すでに締め切られている。このまま行けば,「政府案支持が圧倒的」(7月14日付朝日)であるため,8月末までに日本は韓国をホワイト国から外すことになるとみられる。

 なお,ホワイト国とは,日本が,輸出相手国が輸出管理を厳格に実施していると認め,同国向けの輸出に対して,個別ではなく包括輸出許可を与えることによって,輸出を円滑に行える輸出相手国をいう。包括輸出許可は3年間有効だが,個別輸出許可は輸出の契約ごとに得る必要がある(注8)。日本は,現在,韓国を含め27ヵ国をホワイト国に指定している(注9)が,EUがこうした特別待遇を与えている国は,日本など8ヵ国だけで,韓国は入っていない(注10)という。

 第2は,7月4日から,フッ化ポリイミド,レジスト,フッ化水素の韓国向け輸出およびこれらに関連する製造技術の移転が包括輸出許可の対象から外され,個別輸出許可の対象に変更された。これら3品目のうち,フッ化ポリイミドはテレビやスマートフォンの有機ELディスプレー部分に使われ,他の2品目は半導体の製造過程で不可欠な材料である(注11)。なお,この規制は「リスト規制」と呼ばれるもので,政令で定められた武器,原子力など高度な15分野の品目の輸出および技術の提供が対象となっている。リスト規制品目以外の全品目(食品,木材等を除く)で軍事転用が懸念される品目と技術に対しては,キャッチオール規制が実施されるが,ホワイト国は対象外となっている(注12)。

 このようにホワイト国は,わが国の安全保障上の貿易管理で特別に優遇された国だが,韓国は日本が全面的に支援を行い,2004年にホワイト国に格上げされた。このため,日本は韓国から感謝されたと,その当時,経産省の貿易管理部長であった前述の細川特任教授は書いている(注13)。また同特任教授によると,ホワイト国として日本が韓国を特別待遇するためには,韓国が厳格に輸出管理を行っているかどうかを確認するための協議が必要だが,韓国はどういうわけか日本との輸出管理の協議に応じていないようだとし,輸出管理の信頼関係が崩れていると日本政府が言う背景には,こうした状況があるのではないかとしている(注14)。

 日本の対韓輸出規制強化の理由が,元徴用工問題への対抗措置ではなく,上記のように,韓国が安全保障上必要な二国間協議に応じていないことにあるとの指摘は,筆者には極めて新鮮であった。この指摘が正しいとすれば,経産省は対韓輸出規制強化の背景を,明確かつ具体的に,事実に基づいて,韓国および日本の国民に伝えるべきであり,「守秘義務がある」(注3参照)と言って隠す必要はないはずである。

 その後,韓国が求める日本の輸出規制の撤回に対して,世耕経産相は7月9日,「今回の措置は輸出管理を適切に実施するための国内の運用見直しであり,協議の対象ではなく,撤回も全く考えていない」と明言した。一方,韓国の文在寅大統領は「当初日本は,徴用工訴訟の判決を理由にしたが,国際社会の支持が得られないとみると,戦略物資の密輸と北朝鮮への制裁履行違反の疑惑があるように言葉を翻した」と述べた(7月16日付朝日夕刊)。それ以降,韓国による米大統領への仲介要請,WTOへの提訴などによって,事態はエスカレートし,日韓関係は悪化の度を深めている。

ヘルムート・シュミットの忠告

 日韓関係の悪化で,筆者が思い出したのは,2015年11月,96歳で亡くなった西ドイツの第5代首相ヘルムート・シュミット(首相在任1974〜82年)の日本に対する忠告であった。シュミットは生前,40回から50回(注15)は日本を訪問し,多くの日本の友人を持ち,日本を熟知し,「日本は友好的な隣国を持っていない。友好国を持ち,友好国を増やす努力が日本には必要だ」と繰り返し,語っていた。いま改めて,シュミットの生の言葉を求めて,インターネットで探してみると,1995年の6月頃,広島大学で行った講演(注16)と2015年10月,ベルリンの日独センターで行った講演(注17)の二つを読むことができた。シュミットは次のように語っている。

 

 日本は広い世界の中で,友であり同盟国である国をひとつ持っているだけである。アジアにおける日本の近隣諸国が日本に歩み寄った程度と比べると,ドイツの近隣諸国は,はるかに大きくドイツに歩み寄ってくれた。その要因は,過去の罪悪を悔い改めるドイツのたゆみない努めだけではない。フランスによるドイツとの和解の提唱であり,今日でもEUの核心をなしている独仏の友好である。日本が米国との軍事同盟だけを頼りにしているのに対して,ドイツはかつてドイツの敵だった近隣諸国含む,多くの国が加盟するEUの一員である。現在は過去の産物である。現在は未来の基盤となる。しかし,理性と道徳と意思と勇気は,現在を変えることができ,それによって未来を準備することもできるのだ。

 

 現在の日韓の対立を思い,またアジアの広域的な地域協定であるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や日中韓自由貿易協定の成立を展望しながら,われわれは今は亡きシュミット元西独首相の忠告にもっと耳を傾ける必要があるのではないかと筆者は思っている。

[注]
  • (1)インターネットで検索すると最初に報道したのは,産経新聞が6月30日10時44分,日本経済新聞は同22時10分である。
  • (2)https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190701006/20190701006.html
  • (3)記者が具体的な説明を求めると,経産省は「守秘義務がある」と言うだけであったという(5日付日経)。
  • (4)7月3日,日本記者クラブ主催の党首討論会で安倍首相は次のように述べた。「1965年の日韓請求権協定で互いに請求権を放棄した。国と国の約束をたがえたらどうなるかということだ」,「約束を守らない上では今までの優遇措置は取らない」「禁輸するわけではない。WTOに違反するものでは全くない」(7月4日付日経)。
  • (5)日経ビジネス・ウェッブ版,2019年7月3日付,細川昌彦『誤解だらけの「韓国に対する輸出規制発動」(https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00133/00013/?P=1)。
  • (6)「大韓輸出規制,識者に聞く」との見出しの中で福永有夏早稲田大学教授が述べた。
  • (7)注5と同じ。
  • (8)注5と同じ。なお,個別輸出許可は本文にもあるとおり,「輸出の契約ごとに」得るもので,「輸出の出荷ごとに」得るものではない。細川特任教授によると,契約ごとに得た輸出許可であれば,一契約で何回にも出荷を分ける通常のビジネスが行なえ,一度個別輸出許可を得ていれば,出荷ごとに許可を得る必要はないという。
  • (9)ホワイト国は日本の制度による呼称で,国内で輸出管理を厳格に実施し,同時に規制対象品目別に設けられた次の4つの区分に全て参加していることが条件となる。①原子力供給国グループ(規制対象品目:原子力関係品・技術,発足年:1978年,日本の参加年:同年,参加国数:48),オーストラリア・グループ(化学・生物兵器,1985年,同年,42+EU),③ミサイル技術管理体制(ミサイル,無人航空機,関連機材,技術,1987年,同年,35),④ワッセナー・アレンジメント(武器,先端材料・エレクトロニクスなど汎用品,1996年,同年,42)。以上の出所は,国際貿易投資研究所(ITI)が6月10日開催した研究会で講師が配布した経産省貿易経済協力局の資料である。
  • (10)注5と同じ。
  • (11)韓国貿易協会によると,3品目の対日依存度はフッ化ポリイミドが93.7%,レジストが91.9%と9割を超え,フッ化水素は43.9%。韓国の業界関係者は「在庫は多くて数ヵ月分」と話し,日本の輸出審査期間が原則として90日間であるため,在庫が底をつく可能性もあり,関連する工程が止まる恐れもある」という(4日付朝日,記事の一部を注8の出所資料で修正した)。
  • (12)注8の出所と同じ。
  • (13)注5と同じ。
  • (14)注5と同じ。
  • (15)ベルリン日独センター設立25周年記念祝賀講演会での講演,演題「日本,ドイツ,そして近隣諸国」,2015年10月20日。https://www.jdzb.de/fileadmin/archiv/media/p1376-vortrag-kouen_02.pdf)
  • (16)広島大学での講演,演題「追憶,悔恨,そして責任」,広大フォーラム27期5号(1995年12月15日)(https://home.hiroshima-u.ac.jp/forum/27-5/Schmidt-l.html)。講演した日は書かれていないが,シュミットは「先ごろ亡くなられた福田赳夫元首相は私の人生における最も親密かつ最も尊敬する友人のひとりでありました」と述べているから,1995年6月頃の講演であったと思われる。
  • (17)注15と同じ。

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