世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1425
世界経済評論IMPACT No.1425

貨幣は正義(善)である

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2019.07.29

 哲学者のレヴィナスは,自著『貨幣の哲学』で,貨幣の共通単位としての役割を「正義」と表現し,同時に貨幣は,強欲と権力を追求させるものとしての「金力(mammon:マンモン)」であり,貨幣には,正義(善)と金力(悪)という二面的性格があるのだといった。しかしわたしは貨幣は火と同じく,人間生活を快適にするために産み出された公共財であり,生まれながらにして正義(善)であると考えている。火で人間を殺したり,貨幣で人間を滅亡させたりするのは,火や貨幣の望むところの使い方ではないのである(紀国正典『金融の公共性と金融ユニバーサルデザイン』ナカニシヤ出版,2012)。

 貨幣を,人間の持続的な幸福のために使ってみようとする動き(社会的責任金融・国際的責任金融)は,世界で歴史的に大きな潮流となってきた。

 2017年7月,大量殺戮兵器である核兵器を禁止する条約が国連で採択された。2017年のノーベル平和賞は,この核兵器禁止条約成立に貢献した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に与えられた。ICANのフィン事務局長は,この賞金を使い,国際世論を喚起するとともに,核兵器製造に関わる企業や金融機関,投資ファンドの調査・特定・公表の活動を強めることを明らかにした。

 2019年6月,ICANは国際平和団体PAXとともに,核兵器製造の関係企業と金融取引のあった銀行,保険,年金基金など325社のリストを公開した。バンクオブアメリカ(米),JPモルガンチェース(米),シティグループ(米),ソシエテ・ジェネラル(仏),ドイチェバンク(独),ロイズバンクグループ(英),UBS(スイス)などの有名な巨大金融機関があげられた。日本からは1社増え,三菱UFJフィナンシャル,みずほフィナンシャル,三井住友フィナンシャル,オリックス,三井住友トラスト,日本政策投資銀行,野村,芙蓉総合リースが,「不名誉の殿堂入り」をした。325社から2年間で核兵器製造会社に流れた資金総額は前回より40%増え,7480億ドル(約80兆円)にもなった。ただし,オランダの年金基金ABP,スウェーデンの年金基金AP1・AP4,ドイチェバンク(独),INGバンク(オランダ),りそなホールディングスなど,約100の金融機関がすでに撤退を表明した。

 2015年12月,人類を焦熱地球による絶滅から救おうと,温暖化ガス排出を抑制することで世界が合意したパリ協定が採択された。それから3年半,二酸化炭素を多く排出する石炭・石油・天然ガスなどの関連企業から,資金や投資を引きはがす動き(ダイベストメント:divestment)が,世界で急速に大きなうねりになってきた。2018年12月時点で,ダイベストメント宣言をして資金を引きあげた銀行,保険,年金基金,大学,教会などは1000機関に上り,その運用資産総額は900兆円超にもなった。さらに増加しているという。

 銀行では,米最大手のバンクオブアメリカ,シティグループ,オランダ最大の銀行ING,EU最大のメガバンクBNPパリバ,英大手のHSBCなどが,石炭関連企業への融資の削減・停止などを決めた。保険では,仏保険大手のアクサ,仏保険協会,独アリアンツ,独ミュンヘン再保険,スイス再保険,第一生命,日本生命などが,石炭火力発電から投資を撤退し,保険を引き受けないことを表明した。米最大のカリフォルニア州職員退職年金基金やニューヨーク市管理下の五つの年金基金は,化石燃料関連企業から資金を引き上げることを決めた。世界有数のノルウェー政府年金基金は,石炭採掘・石炭火力関連の企業122社の株式(約9千億円)を売却し,2017年3月には,中国電力,北陸電力,四国電力,沖縄電力など日本企業5社をふくむ59社を運用先から除外すると公表した。2018年7月,世界で初めて,アイルランド下院が「化石燃料ダイベストメント法案」を可決した。

 ダイベストメントの次の標的になっているのが,日本のメガバンクである。石炭火力発電への貸付世界ランキングで,1位がみずほフィナンシャル,2位が三菱UFJフィナンシャル,4位が三井住友フィナンシャルと上位をしめ,世界の流れに逆行しているのである。

 米国では2019年4月に初めて,再生可能エネルギーによる発電量が石炭火力発電を上回った。原発と石炭火力発電にしがみつき再生可能エネルギーの開発・普及に消極的な安倍政権のもとでは,日本経済は近いうちに,電力が不足し生産も流通も停滞するエネルギー危機に見舞われ破たんする。原発は自らの出した行き場のない大量の核のゴミ(猛毒)に埋もれ核の墓場と化し,石炭火力発電は資金不足で立ち枯れ,ともに稼働どころではない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1425.html)

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