世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1392

ミャンマー北東部における中国資本の浸透:現地出張から

藤村 学

(青山学院大学経済学部 教授)

2019.06.24

 ミャンマー北東部のシャン州とカチン州は中国雲南省と約2000kmにおよぶ長い国境線を有し,メコン地域における経済統合のなかでは独特の展開を見せている。今年3月に両州の国境方面を2週間ほど視察したなかから,特筆すべき点をいくつか報告する。

 まずは中緬間の陸路貿易の大動脈を支える要衝であるシャン州の国境街ムセについて。ムセには雲南省側の姐告(ジェガオ)国境貿易区との間に,歩行者用,軽自動車用,大型車用と3つの国境ゲートがある。どのゲートも,7年前に中国側から訪問したときに比べて交通量が顕著に増えていた印象だ。とくに大型車用ゲートへ向かうトラックの列は数珠つなぎとなり,場合によっては数日がかりで路上待機する車列が交通渋滞を引き起こしている。物流増加に対してムセ側のインフラ拡張が追いついていない。訪問時はミャンマー産のスイカやメロンが大量に中国各地向けに出荷される季節に当たり,こうした生鮮品は混雑したムセを避け,東へ約10km離れたジンサンチョー(Jin San Kyawt)という国境ゲートへ向かっていた。このゲートは中国側では公式国境ゲートに格上げされて物流施設が整備される一方,ミャンマー側はまだ非公式ゲートのままで,国軍のみが国境ゲートを管理している。つまり中国側の輸入は公式だが,ミャンマー側の輸出は非公式のままという非対称な状況になっている。国境への途中にはミャンマーの中北部から集められたと思われる牛たちを管理する“cattle farm”と称する施設がいくつかあり,非公式輸出品目のなかには生牛も入っているようだ。

 陸路貿易の隆盛のほか,ムセは中国系資本の浸透も顕著だ。とくに姐告貿易区の北方向に隣接し,瑞麗(ルイリ)市街から国境の瑞麗川を挟んだ対岸のムセ近郊一帯が中国化しつつある。中国資本が背景にあると容易に推測されるマンダレー拠点の不動産開発会社が木姐中央商務区(Muse Central Business District)と呼ばれる約120haの広さのニュータウンを開発し,商業地区,公共インフラ施設,住宅地区,レクリエーション地区などをゾーニングしている。その一画の姐告との境界地点に「ミンガラー・ムセ」という大規模なショッピングモールが完成している。マンダレー最大のショッピングモールである「ミンガラー・マンダレー」と同系列の資本による開発であろう。モールの南端には姐告へ直接つながる新しい第4の国境ゲートが完成しており,オープン間近であった。開発会社の事務所でヒアリングしたところ,住宅ゾーンの宅地単価もモールのテナント料も,ミャンマーの一般物価からはかけ離れたもので,需要も供給も中国人が前提であることは明らかだ。

 次に,ムセから東へ約100kmに位置する,ラウカイ(Laukkaing,漢字表記は「老街」)というコーカン(果敢)族自治区の国境街について。ラウカイのタウンシップの入り口にあたるトンチェン(Tone Chain)地区は,そこまでの農村風景を抜けて忽然と現れる都市空間で,その一帯は「果敢新天地」と名付けられ「福利来集団」という中国資本が開発している。完成したばかりと思われるカジノホテル(福利来酒店),ショッピングモール,宝石店,賭博目的のゲームセンターなど中国人向けの商業施設が並び,巨大な人工池までつくり,そのほとりに海鮮や火鍋のレストラン,スパ施設,土産物店などが並ぶ。人工池を渡す吊り橋の向こうには芝生を配した公園ができており,カジノ観光だけでなく,中国人富裕層の住宅(もしくは別荘)需要も当て込んでいるようだ。「果敢新天地」から1.5kmほど北がラウカイ中心街で,「鑫百利大酒店」「百勝国際酒店」と2軒の大きなカジノホテルがあり,どちらも繁盛している様子だった。ただし,ギャンブル客以外は宿泊できない。ホテルスタッフの大半は中国人で,英語はおろか,同行したミャンマー人通訳もミャンマー語が通じず,困惑していた。

 次はカチン州の州都ミッチーナの近郊について。ミッチーナから北方向へ43kmのミッソンは,マリ川とンマイ川が合流して始まるエーヤワディ川の源流地点で,そこの少し下流が中国向けの水力発電を主目的とした中国援助による大規模ダムの建設予定地だ。2010年代前半,タン・シュウェ政権が中国政府との合意に基づき,水没予定地の約3000人の住民を代替地へ移住させたが,水没対象だったこの2河川の合流地点は地元民が神聖な地として信仰してきたこともあって猛烈な反対運動に遭い,その後のテイン・セイン政権がダム建設を中止したという経緯がある。風光明媚なこの地を訪れる中国人観光客がカチン族の民族衣装を試着して記念撮影しているが,彼らが立ち寄る土産物屋の一画では地元NGOが支援して作製した「No Dam」と主張するTシャツを売っている。一方,ダム建設を担う中国企業の作業事務所も水力発電を担う中国の電力会社の駐在所も健在で,中国側があきらめた様子はない。

 最後に,ミッチーナ市街から中国との国境カンペイティ(Kanpiketi)へ向かう途中,南東方向へ7〜8kmの地点に中国資本によるバナナ農園が3ヵ所近接しており,その1つを訪問した。そこの元村民らの主張によれば,1998年という早い時期に,そこに住んでいた136世帯の農民が,彼らの住んでいた土地は国家所有の「空き地」だという理由で国軍がブルドーザーを使って力ずくで立ち退かされ,移住先の新しい土地の用意以外は補償がなかったという。非民主的な政権と未熟な土地所有権制度の組み合わせが典型的に引き起こすland grabbingの問題だが,この地の問題の根が深いのは,カチン族の武装勢力と絡む地場ビジネスマンが中国資本に名義を貸して会社登録しており,中国資本はミャンマーで合法的に活動している格好になっているという点だ。こうした問題で農民の利害を代表して対外発信している現地弁護士によれば,中国政府の立場は「外国の国内問題で関知しない」というものだという。

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