世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1328

経済のグローバル化と「市民社会」

高橋岩和

(明治大学 名誉教授)

2019.04.01

 今日,経済のグローバル化が進捗するにつれて「市民社会の反乱」といった現象が世界的に起きている。欧州連合(以下EU),たとえばドイツにおいてみられる移民排斥運動などもその例であるが,人間観を同じくする「市民社会的共感」を基礎とするEUにおいてすら今日市民社会との軋轢のもとにあるとすれば,このような市民社会的共感の一層希薄な「グローバル化した経済」においてEUにおけるような「市民社会的共感」をどのようにして形成することができるのであろうか。

 「市民社会の反乱」の解決に向けた一つの方向は,グローバル化を止めることであろう。この点,しかしながら今日,「国内経済」は「国際経済」との一体化が進んでおり,国内経済を国際経済から切り離すことはできないところまで来ている。家電品の国際的な部品の供給網一つをとってもこのことは明らかであり,GATT・農業協定のもとにおいて国内の農業政策の要請から農産物の輸出を促進するために輸出補助金を供与しようとしても,同協定のルールに反することとなり,これを導入することはできない。

 もう一つの「市民社会の反乱」の解決に向けた方向は,「グローバル化した経済」の基礎となりうる「国際的な市民社会」を形成することであろう。

 そこで,そもそも「市民社会」とはなんであるかをみておくと,「市民社会」概念を生み出した近代西欧において市民社会とは,「教会や国家の権威から解放された支配のない市民の生活」であり,それを経済生活の面からみれば「平等かつ自由な経済主体の純粋な交換市場社会」(ヘルマン・ヘラー『国家学』未来社)であった。そこでは,政治制度としてはイギリス流の議会制民主主義,経済制度としてはドイツ流の社会的市場経済が採用され,基本的人権,特に精神的自由にかかる人権が保障される社会が想定されていた。そして精神的自由と経済的自由にかかる人権の保障を支えた社会規範がカトリックとプロテスタントを問わないキリスト教の経済生活や労働に係る「社会教説」であった。

 このような西欧における歴史的形成物である「市民社会」概念を基礎として,「グローバル化した経済」の基礎となりうる「国際的な市民社会」概念を取り出すことができるであろうか。

 このための作業として考えられるのは,「市民社会」にはいくつかの「類型」があり,グローバル化した経済社会との関係は一様でないと想定することであろう。「最高度に発展した市民社会」は現状ではEUのそれであろう。すなわち,経済統合を深化させ,社会統合まで進んだ市民社会類型である。EUにおけるグローバル化は1958年に欧州経済共同体(EEC)設立で始まり,1980年代にはEECを欧州共同体(EU)に拡大し,経済の領域のみならず治安・安全保障の分野,社会生活の分野にまで統合を進めることで達成してきた。「もっとも低位の市民社会」類型はWTO・GATTに加盟し,その貿易・投資のルールを守るという程度の類型であろう。ここでは契約法の遵守,国際的な商事仲裁制度の活用,WTO・GATTに定める貿易と投資のルールの遵守といったことが中心となり,「社会統合」は問題とならない。そして,この最高度ともっとも低位の類型の間に,自由貿易地域や経済連携協定の制度を使ったいわば「中程度に発達した市民社会」の類型が何段階かありうるという事になろう。

 この中位ないし低位の市民社会の場合一つの問題となるのは「政治と経済の関係」であろう。今日世界では様々な分野に係る国際法に違反し,国際連合などからの経済制裁を受ける国・地域が散見されるが,経済制裁を受けていてもWTOのメンバーシップ上の問題はなく,除名といった措置は取られない。すなわち,WTO・GATT体制下のグローバル化経済においては「政経分離の原則」が一応貫かれているといえよう。しかし,政経分離にも一定のルールが必要であろう。国連の経済制裁のある場合や安全保障上の問題のある場合は当然であるが,市民社会の価値観と整合しない場合にも,基本となる「政経一体」の原則に戻るべきであろう。なぜならば,「市民社会」の核となる価値が「支配のない市民の生活」であり「平等かつ自由な経済主体」の存在であって,これらなくして自由な企業活動と労働基本権の保障,さらに生命・健康や商品・サービスの選択に係る消費者基本権の保障も画餅に帰するからである。

 こうして,「グローバル化した経済」において「市民社会的共感」を創出する道は,市民社会にはいくつかの発展に係る類型があり,それは低位の物から高位のものへと段階をなしていること,その段階を画する価値は,おそらく中核に精神的自由と経済的自由にかかる人権を保障するという社会規範があることであろう。このような基本的人権の保障を中核として,その具体的保障の手段として議会制民主主義と社会的市場経済が採用されていることが指標となろう。これらにより市民の政治的権利と経済的権利が保障され,「市民社会」がその実質を獲得するからである。そして市民社会的価値の外縁は契約法の遵守,国際的な商事仲裁制度の活用,WTO・GATTに定める貿易と投資のルールの遵守といったこととなろう。

 「市民社会の反乱」を防止し,経済のグローバル化を一層推し進め,持続可能で人間らしさ実現したあるべき「豊かな経済社会としての人類社会」を構築する道は,以上に述べたあたり,すなわち安易な社会統合は行わない,政経は一体として原則考えるといった点がそのための思惟の出発点となりうるであろう。

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