世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1323

マクロとミクロ

鶴岡秀志

(信州大学カーボン科学研究所 特任教授)

2019.04.01

 経済学の門外漢から見ていると,マクロとミクロの論争は果てしなく続くように見える。人為的影響を排除して普遍性を持った定理を追求する自然科学と異なり,時々の社会の雰囲気が反映されてくる経済学は興味深い。

 さて,イノベーション論議は出口を想定する必要から,対象となる市場や課題をマクロに俯瞰することから始めなければならない。もちろん,材料や計測分野ではミクロな科学的研究開発で進展がなければ新しいものは生まれない。時たま,シリコン半導体の発明のように,たった一つのミクロな技術的進歩が大化けすることもあり,後世の人々はそれを大発明という。マクロな技術展開は,ヘンリー・フォードがT型フォードを大量生産した過程を見れば判り易い。当時の手作り的な自動車開発を脱却し,そこそこの性能の自動車を安価で大量に市場に供給するという発想である。大量生産をするための数々の方法や技術は,あくまでマクロな目的の必要事項として成し遂げられた。

 このミクロな「技術的イノベーション」とマクロな市場から考える「イノベーション」を区別する必要があるにもかかわらず,多くの評論家諸氏は雑駁に論じてしまう。イノベーションはシステムの改革も含むというのはシュンペーター的で多く論じられている一方で,ミクロとマクロの違いを論じたものはあるのだろうか。戦後の日本の社会構造から説き起こすイノベーション停滞論は経済学,社会学,コンサル論説で主流である。しかし,技術研究開発に携わった経験の無い方々はミクロとマクロがごちゃまぜ状態で論証するために,「それじゃ,どうしたらいいの?」という具体論が見えず技術者の心に響かない。結果的に,ほとんどの日本人は具体的に何をすればよいか判らない。

 鉄器時代脱却の材料である炭素繊維(CF)は,40年余りの歳月をかけて航空宇宙材料に使われる工業生産品となり,我が国の企業が達成した重要な技術である。ところが,自らの日々の生活を見渡すと,相変わらず鉄(金属)とプラスチックに囲まれている。家の中で,釣竿やラケット以外でCF製品を探すのはけっこう大変である(黒い繊維は必ずしもCFではないので念の為)。ニュースでCFの重要性やその活用が報じられても,いまいちピンとこない所以である。マクロ的に工業製品全体を考えた時に適用できそうな分野は多々あるものの,技術開発が課題解決型のミクロなアプローチに集中しているために一般的な市場との落差が生じている。その大きな原因の一つが,鉄の10倍100倍といった謳い文句とは裏腹に,CF加工品の主流であるCF強化樹脂(CFRP)はとても脆い。その脆さは,薄板の場合,薄焼きせんべいと同じと言っても間違いではない。本当に手で小気味よく「パリンッ!」と割れるのである。この脆さを克服するために様々な手法が提案されたものの,製造コストがやたらと高くなることになり根本的な解決に至っていない。脆さの原因であるエポキシ樹脂の使用をやめればよいのだが,あいにくと結晶性の炭素を接着する接着剤は存在していないので未だにエポキシに頼っている。

 CFは織物状態では使い道が無い。重ねて固めるか接着することで価値が生まれる材料である。以前,CF製造の大手に,なぜエポキシなのかを尋ねたことがあるが,「昔からずっとこれできたので…」という説明であった。これは,ガラス繊維強化樹脂(FRP)から派生して,CFを束ねる方法の開発というミクロな視点で開発されてきた技術である。用途から考えたマクロな視点から,脆さと加工の難しさ(=高コスト)を克服しなければ,特定の製品に使われるだけの技術で終わってしまう。

 最近,CFGP®(Carbon Fiber Glued Press®)いう新手のCF製品が登場してきている。CFGP®はエポキシを一滴も使わずに汎用金属プレス機で簡便に整形できることを目標として開発されているとのこと。そのため,製造に必要な工数が極端に少なくCFRPの半値以下で製造可能とのことである。また,硬いエポキシを排除したので皮のように柔らかく高い復元性を持つ製品も登場している。もちろん,CFRPとは特徴が異なるので棲み分けが起こるだろうが,脆さがなく加工が易しいということになればCF製品の普及のハードルが一気に下る。CFGP®は,市場の要求する物性を目指すというマクロ的な観点から生み出されてきた製品であるので,CFの価格次第で金属製品を置き換える社会的なイノベーションが進む可能性が見えてきた。

 モノの開発・改良は技術的課題を段階的に克服していく作業であるため,科学者や技術者は解決すべきミクロな課題に集中することになる。日本の技術力はこのミクロなアプローチにおいて優秀であるので,技術立国という標榜の下にミクロな技術開発をもてはやす。ところが「iモード」をアンドロイドやiOSのように,マクロな市場に適用する意識が希薄というか,度胸が無いというか,下手である。戦前,空母を建造して太平洋を制覇する,アジア全体を欧米に匹敵する経済圏にしようという気宇壮大な考えで道を誤ったので,戦後70年を経ても発想が萎縮しているのだろう。

 我が国を活性化するためにも,イノベーションを唱える時にミクロとマクロを区別して話をするように心がけることが重要である。良し悪しは別として,安倍内閣のように地球儀全体を俯瞰してマクロな発想を持たなければ,いつまで経ってもチマチマした技術改良を(技術)イノベーションと囃し立てることが終わらないだろう。

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鶴岡秀志

科学技術

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