世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
会派の細分化に向かう欧州議会:現EU議長国ルーマニアの視点から欧州議会選挙を展望する
((公益財団法人)国際金融情報センター ブラッセル事務所長)
2019.03.11
19年5月23−26日に欧州議会の次回選挙(第9回目)が予定されている。欧州議会選挙は,欧州議会の会派構成の変更を通じて,欧州委員会委員長や欧州議会議長という枢軸ポストの人選に大きな影響を及ぼす。両ポストの他にも,欧州理事会常任議長(EU大統領)と欧州中央銀行総裁も任期満了に伴い19年秋に交代する。こうしたEU首脳の人事は,候補者の国籍・所属会派・地理的配分・性別等様々な要素で絡み合っている。このため,起点となる欧州議会選挙の結果は,新たな共同体運営態勢を直接・間接に左右する。
全加盟国の市民を対象とした世論調査によると,EUレベルの最重要課題として移民問題への対処が挙げられている。こうした民意を踏まえ,かねてより域内共通の移民政策の必要性が訴えられているものの,加盟国間の立場の隔たりが大きく,有効な対策が講じられないままとなっている。この結果,共同体としてのEUに対する人々の信認が揺らぎ,右派もしくは左派のポピュリスト勢力が台頭している。その反面,中道右派・欧州人民党グループ(EPP)と中道左派・社会民主進歩同盟グループ(S&D)という親EUの二大会派は議席を減らすと予想されている。
台風の目となっているのは,EUの統合深化を掲げるマクロン仏大統領と極右・ポピュリスト政党の連携を図るサルビーニ伊副首相(極右政党「同盟」党首)である。両者は,EUの中核国である仏伊をそれぞれの極として,親EU対反EUという明快な対立構造を提示している。しかし,この両者の動向を追うだけでは,欧州全体を正しく俯瞰することにはならない。共同体の基本的運営方針にかかる域内の分断が顕著になる中,日頃発言力が相対的に小さい東欧等の周縁加盟国の見方を把握しておくことの重要性が高まっている。
ルーマニアは19年上半期におけるEU理事会の議長国を担っている。議長国は,自らの問題意識に基づいて重要会合の議題を選定できるなど,EUの政策決定に一定の影響力を持つ。EU議長国は半年毎に加盟国が輪番で担当するが,ルーマニアが担うのは今回が初めてである。同国は,面積と人口に照らし,中・東欧でポーランドに次ぐ規模を誇っている。欧州議会の議員定数は人口をベースにして各加盟国に割り振られるため,ルーマニアにはEU全体で6番目に多い議席が配分されている。
経済は,ユーロ危機で一時的に大きな打撃を受けたものの,旺盛な国内消費を背景に速いペースで成長を続けている。とはいえ,一人当たりGDPはまだ2万ユーロに届いておらず,ブルガリアなどと並んで域内で最も貧しい国の一つである。19年には,欧州議会選挙のほか,大統領選挙,20年には議会選挙と地方選挙がそれぞれ控えている中,年金や公務員給与の引き上げといったバラマキに加え,エリート企業苛めを行うなど,近視眼的な人気取り政策が相次いで打ち出されている。この結果,政治の不安定さと相まって,財政の持続可能性やビジネス環境の不透明感が高まっている。
ルーマニアは基本的にEUの統合深化に賛成の立場である。預金保険制度の統一を含む銀行同盟の完成や加盟国間の財政移転についても,前向きな姿勢がみられる。もっとも,マクロン氏に対しては,同氏の提唱するユーロ圏改革がEUの二速度化(Two Speed Approach)を通じてユーロ加盟国と非加盟国の格差を拡大させると警戒心が強い。同様に,ユーロ圏予算も,これがEU予算の中から捻出される結果,補助金(結束基金)の減少に繋がるとの懸念を抱いている。
欧州議会選挙との関係で,ルーマニアには幾つかの興味深い特徴がみられる。第一に,多くの加盟国で欧州議会議員等の知名度が低迷しているにもかかわらず,ルーマニアにおいては,欧州議会や欧州委員会における自国民の認知度が相対的に高いと言われている。第二に,移民問題に関しては,流入が限られていることもあり,チェコなどと同様,若年労働者の域内流出を通じた幅広い産業(例えば医療セクターやITセクター)での人手不足の方が問題視されている。第三に,ルーマニアにもEU懐疑派勢力は存在するものの,まだ政党を形成する程には組織化が進んでおらず,議会は親EU政党で占められている。
欧州議会選挙まで残り2か月となったものの,いずれの勢力も過半数を取るには至らないと見られており,細分化は避けられない情勢である。こうした中,これまで議会を事実上統制していた中道系二大会派内で不協和音が聞かれ始めている。特にEPPでは,所属政党のFideszを率いるオルバンハンガリー首相がEUの移民政策に対する批判を強めるなど,深刻な内部分裂を生じさせている。一方で,マクロン氏が合流を画策しているリベラル系会派の欧州自由・民主同盟グループ(ALDE)やサルビーニ伊副首相がテコ入れを進めている極右系会派の国家と自由の欧州(ENF)は,大幅な議席増加が見込まれている。このほか,イタリアのポピュリスト政党五つ星運動,ギリシャのバロファキス元財務相等が新会派の立ち上げを模索していると言われている。
欧州議会は,民主主義の赤字と揶揄されたEUのガバナンス上の問題を緩和するべく,現行のリスボン条約により権限が強化された。しかし,今次選挙後は,過半数を占める安定勢力を欠くことにより,迅速な意思決定が難しくなる結果,共同体の意思決定メカニズムにおける存在感を低下させるのではないかと危惧されている。
ルーマニアは,議席配分が大きい上,親EU的な投票行動が見込まれるため,今次選挙を通じて共同体の安定や統合に寄与することができる。とはいえ,ベルギー,ルクセンブルクなどの加盟国と異なり,欧州議会選挙の投票が国内法で義務付けられていないこともあって,過去2回の投票率は域内の平均を下回ってきた。若年層や在外国民の投票率に加え,選挙当日の天候などによっても大勢は左右されるため,最後まで予断は許されない。
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