世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1259
世界経済評論IMPACT No.1259

米中対決の真のリスク……カギはドル調達に

武者陵司

((株)武者リサーチ 代表)

2019.01.21

 米中貿易戦争は,当面妥協点が見えてくるだろう。米国の対中要求5項目は不公正行為に対するもので,中国は要求を全面的受け入れざるを得ず,追加関税は回避される公算大。中国の半導体国産化率は8%に過ぎず,過半の供給を米国企業に頼っている。他方米国もスマホ,パソコンなども大半のハイテク製品を中国から輸入しており,両国ともに相互依存関係を崩すことはできない。米国は対中圧力を最先端ハイテクなどに選択的に行わざるを得ず,全面対決は回避されよう。ただ世界の多国籍企業の中国投資が急減しつつあり,習近平政権は政治的観点からそれを打消さざるを得ず,景気てこ入れに注力する。中国は民間企業債務の増加,ドル調達難などの困難はあるが,当面財政と金融緩和出動の余地は大きい。以上から米中貿易戦争が世界リセッションの引き金を引く可能性は当面ないだろう。

 ただ後述するように,2019年国防権限法は,最悪の場合米国が標的にするファーウェイなどの中国企業とのドル取引を禁止するとの解釈すら可能であり,それが発動されれば当該企業は即破綻し,世界金融危機の引き金がひかれる,とのシナリオがあり得る。しかし,トランプ政権がそこまで押し込むとは考えられない。

 ペンス米副大統領のスピーチ以降,米中新冷戦が始まったが,これは不可逆的なものであろう。その中核法が昨年8月に成立した2019年国防権限法である。米国の中国企業の排除,封じ込めの意思は明らかである。特に2019年国防権限法が中国企業によるドル調達難を引き起こす可能性には留意すべきかもしれない。

 2019年国防権限法の柱は①従来からの外国投資規制(Foreign Investment Risk Review Modernization Act)と,輸出管理規制(Export Control Act)が一本化されたこと,②指定企業(問題中国企業5社+米国防省が中国政府の所有,支配,関係下にあると判断した企業)との米国政府機関との取引禁止,の二つである。市場の懸念は,②の範囲と権限が著しく大きいことであろう。第一に,制裁対象企業は米国政府の裁量次第でありどんどん広がり得る。第二に指定された企業と取引している第三の企業も制裁対象になる(二次制裁)。第三に制裁の範囲は際限なく広がる可能性がある。結局指定された企業はグローバルビジネスから締め出されざるを得ないのではないか。

*指定された企業 ①ファーウェイ,②ZTE,③ハイテラ・コミュニケーションズ(海能達通信:通信機メーカー),④杭州ハイテクビジョン・デジタルテクノロジー(半国営世界最大の監視カメラメーカー),⑤浙江大華技術(民営監視カメラメーカー),⑥国防省等が中国政府の「所有/支配/関係」下にあると判断した企業

 二次制裁の条項,つまりファーウェイなど指定された企業だけではなくそのような企業と取引のある第三の企業も,米国政府機関との取引が停止されるとの条項がある。これにより非米企業であってもファーウェイなど指定された企業との取引はできなくなる。

最後の手段,ドル決済の遮断

 また,取引が禁止される米国政府機関の範囲は広く,場合によっては米国金融機関との取引ができなくなり,ドル決済が停止されることすらあり得る。米国財務省は敵対国に対する制裁対象としてSDN(Special Designated Nationals)リストというブラックリストを設けているが,その制裁項目の中には米国・国際金融機関との取引停止,ドル送金など外為取引の禁止,米国内資産凍結などの劇薬も含まれている。国防権限法で指定された企業に対して,SDNリストに適用される制裁が準用されないとは限らない。

 国防権限法の施行期限は,2段階に分かれる。指定された企業と米国政府機関との取引禁止は2019年8月13日から,指定された企業と取引をしている第三の企業との米国政府機関との取引禁止は2020年8月13日からとされている。

ファーウェイとの関係絶つ国際銀行

 この環境下でファーウェイの金融パートナーであったスタンダード・チャータード銀行がHSBCに続きファーウェイとの取引を打ち切る決断をした。未だシティーグループだけがファーウェイと取引を続けているが,当局の出方を注目している,とWSJ紙は伝えている(12.21.18)。

 ドル調達難になることを想定して,中国企業による資金調達が活発化している。米国でのIPOが大きく増加している。2018年の米国上場中国企業は33社,調達額は90億ドルと2017年の17件から大きく増加した,とFTは伝えている(12/27/18)。また中国人による米国不動産の売却など,資産処分も増加している。2018年3Qの中国人による米国不動産投資は10.5億ドルの売却(購入は2.3億ドル)と大幅な売り越しになったとWSJ紙(12/5/18)は伝えている。中国企業で先を見越したドル調達が始まっていることをうかがわせる。米中貿易戦争下で,トランプ氏がFRBパウエル議長の利上げを非難した背景には,そうしたドル調達不安が進行することを念頭に置いているのかもしれない。

 国際的債務の積み上がりが,次の信用循環の下方屈折の原因になると心配されているが,BIS統計によると債務の積み上がりは中国に集中している。そして中国のクレジットバブルの崩壊こそが世界経済リセッションのリスクである。中国企業のドル調達難が深刻化しないかどうか,留意される。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1259.html)

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