世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1213

新興国市場と制度のすきま

竹之内秀行

(上智大学経済学部 教授)

2018.11.26

 新興国市場は,先進国市場とは異なる特徴を有している。そうした違いは,現地市場における経営成果を決定する要因に違いをもたらしている。Makinoら(2004)によれば,新興国市場では先進国市場と比較して,経営成果へ影響を及ぼす要因として,進出国や産業の影響(外部環境の要因)が大きい。つまり,新興国市場に進出する場合には,どの国に進出したのか,もしくはどの産業において進出したのかによって,経営成果が変わってくるのである。

 また,新興国市場では,進出地域による経営成果への影響が大きいことも指摘されている(Chan et al., 2010)。ある特定の新興国市場へ進出するとしても,新興国市場内のどの地域に進出するかが重要なのである。中国を例にとってみれば,北京に進出するのか,上海に進出するのか,広州に進出するのかによって,経営成果が大きく異なってくるのである。こうした事実は,現実には経済のフラット化が十分に進んでいないことを示唆している。

 では,なぜ新興国市場においては,進出国や進出地域に応じて経営成果に違いが生まれるのだろうか。その理由の1つは,進出国によって経営環境が異なることに起因している。タイとベトナムであれば市場ニーズが異なるであろうし,中国とインドでは競争相手が異なるであろうし,ブラジルと中国では言語や宗教が異なるだろう。さらに,著作権や外資規制などの法制度も国ごとに大きく異なるだろうし,インフラを始めとした社会制度にも違いが存在している。

 こうした違いのうち,市場ニーズや競争環境の違いに対してはマーケティング能力や技術力を武器として対応することが可能だろう。つまり,自社のマーケティング能力や製品開発能力を通じて,消費者ニーズへ応えていくのである。したがって,現地企業と比較して不利な状況にあるかもしれないが,外国企業がそれを補うだけの能力を有しているかがカギとなる。

 その一方で,新興国市場には法制度や社会制度においても違いが存在している(Khanna and Palepu, 1997)。新興国市場は,国に応じて社会制度が大きく異なる上に,制度が未整備であることが多い。そうした法制度や社会制度が未成熟な状況下では,法制度や社会制度を読み解くことに困難がともなうし,その変化に対応していくのも容易ではない。市場ニーズの違いや競争相手の違いに対しては,自社の能力を通じて対応可能であるが,社会制度の違いに対しては必ずしもマーケティング能力や製品開発能力などの能力では,対応できない可能性がある。つまり,別の能力が必要となってくるのである。そこで重要となるのが「制度対応能力」である。

 では,どのように制度対応能力を構築すれば良いのだろうか。大きく分けると,2つの方法がある。1つは,文字通り経験を通じながら少しずつ能力を構築していく方法である。先進国で構築した能力のみに依存せず,新興国市場において必要な能力を現地市場において事業を営みながら蓄積していくのである。しかし,これには長い時間がかかる。そこで,もう1つの方法として考えられるのは,外部資源の活用である。

 外部資源を活用する方法にも,2つの方法がある。1つは,現地政府との関係構築である。中央政府や規制当局と関係を構築することで,未成熟な社会制度の解釈や社会制度の変化へいち早く対応するのである。もう1つの方法は,現地企業との関係構築である。現地企業といっても関係の構築先は多様である。買い手と関係を構築する場合もあれば,供給業者とパートナーシップを結んだり,ライバル企業と協力する場合もある。買い手と手を結ぶことは現地ニーズの把握や買い手のロイヤルティ向上において有効であろう。供給業者と手を結ぶことは,高品質の原材料や部品の安定的な供給を受けたり効率的な配送を受ける上で有効となるであろう。このように,現地企業との間に良好な関係を構築することは,国や地域に特有な情報へ接触する上で有効であるし,取引費用を削減する上での潤滑油としても機能するのである。

 新興国市場においては,中国語の「関係(Guangxi)」やロシア語の「ブラッド(義兄弟)」という言葉に見られるように,人的ネットワークの重要性が指摘されてきた。その背後にあるのは,市場が機能する上での制度に隙間(Institutional voids)の存在であり,そうした隙間を補うための仕組みを求めた結果として関係構築が重要視されてきたのである。

[参考文献]
  • Chan, C.M., S. Makino, and T. Isobe, “Interdependent Behavior in Foreign Direct Investment: The Multi-level Effects of Prior Entry and Prior Exit on Foreign Market Entry”, Journal of International Business Studies, 37(5): 642-665, 2010.
  • Khannna, T. and K. Palepu, ‘Why Focused Strategies May Be Wrong for Emerging Markets,’ Harvard Business Review, July – August: 40-51, 1997.
  • Makino, S., T. Isobe and C. M. Chan, “Does Country Matter?” Strategic Management Journal 25(10): 1027-1043, 2004.

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