世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
見直しを迫られるEUの難民ルール:せめぎ合う共同体の基本原則と域内連帯
(国際金融情報センター・ブラッセル事務所 所長)
2018.10.01
反難民感情の高まりがEUの根幹に揺さぶりをかけている。域外から流入してくる難民を含む移民の処遇は,EUサミットなどで議論の俎上に度々あげられてきた古くて新しい問題である。それでも,これまでEUでは,人道的な見地から,域内にたどり着いた難民を極力寛容に受け入れてきた。
しかし,6月初めにイタリアで移民排斥を掲げる極右政党・同盟の参画する連立政権が発足したことで潮目が変わった。新政権は発足早々リビアからイタリアを目指した難民救助船アクアリアス号の接岸を拒否した。これに対してフランスなどが最初に難民が到着した国としての義務を果たしていないと非難したものの,イタリアは現行のEUルールに問題があるとして,一歩も引かなかった。結果的に,イタリアは,同月下旬のEUサミットにおいて,難民ルールの見直しを最優先議題に押し上げることに成功した。イタリアが難民流入にかかる海の玄関口であるのに対し,陸の玄関口である東欧諸国も,シリア情勢の緊迫化を背景に,断固受け入れを拒む態度を保っている。
難民流入の玄関口となっていない加盟国においてすら,移民への反感が急速に高まっている。ドイツ東部の街ケムニッツでは極右による大規模な反移民デモが発生し,この評価を巡ってメルケル政権内部で対立が深刻化した。こうした中で極右政党の支持率が連立与党を構成する社会民主党を上回り第二位に上昇するなど,ドイツ社会の分断は顕著になっている。オーストリアでは,イタリアに先駆けて,昨年12月に移民排斥を訴える極右政党が連立政権に参画した。これまで移民への寛容さで知られていたスウェーデンでさえ,先月の総選挙で極右政党が議席を増やし,議会のスタンスが変わろうとしている。
域内を見渡しても,難民の受け入れに理解を示しているのは,中道左派系政権が6月に発足したスペインくらいである。足許の世論調査によれば,国民の9割近くが難民受け入れを支持している。とはいえ,スペインばかりが域内で難民を受け入れる状況が続けば,いずれスペイン社会も疲弊するであろう。サンチェス首相率いる社会労働党は少数与党であり,世論の強力な後押しを欠いては,反難民的立場の政党を抑え込め続けることも難しい。
このように反難民色に染まりつつある域内情勢に鑑み,ユンケル欧州委員長は,先月の施政方針演説において,難民の流入抑制に向けて,域外との境界・沿岸管理にあたる警備隊の大幅な増強を提案した。紛争や迫害を逃れてたどり着いた移民を域外に押し戻すという対応は,リスボン条約第2条がEUの基本的価値(基本原則)の一つに掲げる人権の尊重との適合性に疑念を生じさせかねないものである。それだけEUは追い込まれていると言えよう。
難民政策は,10月,12月と続く今後の定例EUサミットでも中心的な議題となる見込みである。更に,イタリアの同盟は,来年5月の欧州議会選挙に向けて域内他国の極右政党との連携を強化しようと動いている。これが奏功すれば,次期欧州委員長に極右的傾向のある人物が選出される事態すら生じかねない。EUは,銀行同盟の完成やユーロ圏共通予算の創設といった更なる統合深化に進むどころか,分裂の方向に逆走し始めている。
事態を打開するには,EUの中核的難民ルールであるダブリン規則の見直しが不可欠だと思われる。同規則は,難民としての庇護を求めてEUに入った移民が複数の加盟国でたらい回しになることの防止等を目的として,最初に移民が到着した国に対し庇護申請の審査義務および審査が通った場合の庇護義務を課すものである。1990年に制定された後,2度の軽微な改正を経たが,13年を最後に改正されていない。一方,15年の難民流入急増(欧州難民危機)を契機として,EUの状況は一変している。
ダブリン規則は,シェンゲン領域内であっても,難民の移動を制限するものであるため,イタリアのようにEUの玄関口となる加盟国に負担が偏るという構造的な問題を抱えている。この問題はかねてから認識されているにもかかわらず,域内の中心部に位置するような加盟国は,難民受け入れ負担の増加を忌避して,抜本的な見直しに応じてこなかった。
EUへの到着移民は,全体としてみれば,トルコ経由での流入が抑制された結果,16年中頃から大幅に減少している。他方,リビアなどからイタリアに流入する移民数は高い水準にとどまっている。極右政党の主張には人道的に許容し難い面があるとはいえ,イタリアが重い受け入れ負担を強いられているというのは紛れもない事実である。このような加盟国間の不公平を放置しながら域内への移民の域内流入を制限することは,急場を凌ぐ策とはなり得るものの,EUの基本的価値を形骸化させるという本質的な問題に繋がる。
域外からの移民が加盟国の治安ならびにEU市民の雇用および賃金に悪影響を与えているという確たる裏付けはない。現下の反移民感情の高まりは,極右政党等が一部の移民による犯罪を誇張するなどして煽っていることに拠る面がある。EUは,これまで何度も大きな試練を乗り越えて統合を深めてきた。こうした苦境でこそ,基本原則に立ち返ることによって,人々に共同体の存在意義を改めて認識させることができるのではないだろうか。
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