世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
グローバル・スタンダードの多様化——水産物の場合
(愛知学院大学 教授)
2018.08.06
今回は,以前に掲載した「グローバル・スタンダードの多様化」の続編である。
農水産物は途上国の経済発展にとって貴重な貿易資源であるが,安全,環境,検疫などクリアすべき課題が多い。近年プライベート・スタンダードが農水産物においても重要となっている。
まず,プライベート・スタンダードというバズワードの説明から始めたい。
プライベート・スタンダード(private standard:PS)とは,組織や企業が独自に策定し普及させる標準または規格であり,法規制ではない。ISOやIECなど著名な工業系国際機関によるものから企業コンソーシアムによるものまで様々である。実数は定かでないにしても,こうした国際機関の発効する標準は相当数あり,近年に増加している。PSが発展した理由としてグローバル化に伴う貿易や直接投資の複雑化や多様化があり,これらをガバナンスする仕組みは法規制のみではカバーしきれていない(Michida, Humphrery, Nabeshima edited:2017)。さらに踏み込めば,グローバル市場の強大化に伴い,本来各国が担うべき公的法規制を民間セクターが肩代わりしているということである。
市場経済のプレーヤーとして,関連する企業や産業組織がPSを策定する標準の体系は巨大となり,モノの寸法や測定法は元より,工業品に限定されるものではなく,農水産品や環境,安全,品質,労働に係る管理に及んでいる。PSについての評価は二分化されている。「製品規制がないことによって安全性の低い製品や廃棄物が自国市場に流入することを防ぐことも目的としている」という正の側面と「関係各国との整合性をとらないまま,類似する標準(マルチ標準)が多数導入され,それぞれへの対応を義務付けるために自由貿易を阻害する要因となりかねない」という負の側面が指摘されている(吉田暢:2015,IDE−JETRO国際ワークショップ資料:2015年2月)。こうしたPSには認証制度が活用されることも多い。著名なのは工業系のISO9000や14000がある。PSの要求事項を満たすかどうかについて評価と承認をISO自身でなく第三者機関が審査する制度であり適合性評価とも呼称されている。
さてPSは普及するにつれて公的法規制よりも厳格化し,ある意味で強制化しているとする実証研究がある(Vandemoortele and Deconinck:2014)。この研究によればPS普及には多様な動機が存在する。第一に小売流通業者は安全,品質,社会,環境課題に敏感な消費者に注意を払っており,公的法規制よりも厳格となるかもしれない。第二にPSを意図的に厳格化することによって,競争優位な企業は製品の差別化,市場セグメント形成,競争圧力の緩和化を図り企業戦略として利用する。第三に有力なメーカーは供給業者との交渉力獲得のために厳しいPSを要求することができる。第四に厳格なPSは意図的に緩い公的法規制に先行して策定されることがある。戦略的に厳格なPSが策定されれば,消費者の福利向上を達成させるための先導となるばかりでなく,企業は他社との質的な差別化を図ることができる。
実際に流通業者のアンケート調査によれば,食品,環境,動物福祉,労働分野において,70〜80%の小売業者が公的法規制よりも厳しいPSを設定していると回答している。著者らは,有力中間業者の増加に伴って強い市場力が形成されるとPSが増大化するとしている。中間業者は小規模供給業者への交渉力を持ち,厳格なPSを突き付けるわけである。
グローバルリテーラーとして小売流通業者の実例を見てみよう。生物や環境への負荷低減を目的として活動するWWFジャパン(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金)によれば,持続可能な社会を創るというスローガンの下,こうした分野では認証制度が多く採用されている。サプライチェーン実態が掴みにくい水産物資源について紹介してみよう。水産物資源生産は,漁獲による天然資源と養殖による資源に分かれ,世界生産量はほぼ同等量となっている。近年では,後者は海洋環境の悪化や生態系の攪乱などから適正な管理が国際社会において求められている。
グローバルリテーラーの小売流通業者は,水産資源の販売に際して,MSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)やASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)の流通・加工認証の100%獲得を目指す動向がある。前者は漁業,後者は養殖による水産資源のサプライチェーンの適正性を認証する制度団体である。適正性とはサプライチェーンのトレーサビリティー確保によって違法,無報告,無規制を排除することを目的としている。わが国ではイオンがこうした認証制度を活用し始めているが,カールフール(フランス),マークス&スペンサー(英国),スパー(オーストリア)などは先んじて実施している(WWFジャパンHP参照)。生産国であるアジアの発展途上国企業はこうした認証を獲得して成功している事例が報告されている。
このように水産物分野ではグローバルリテール市場力の強化がPSを促進している。次回は農産物について述べたい。
関連記事
梶浦雅己
-
[No.2112 2021.04.12 ]
-
[No.1000 2018.01.29 ]
-
[No.910 2017.09.11 ]
最新のコラム
-
New! [No.3627 2024.11.18 ]
-
New! [No.3626 2024.11.18 ]
-
New! [No.3625 2024.11.18 ]
-
New! [No.3624 2024.11.18 ]
-
New! [No.3623 2024.11.18 ]