世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1097
世界経済評論IMPACT No.1097

米朝関係の今後

吉川圭一

(Global Issues Institute CEO)

2018.06.18

 今回の米朝会談に関し米国内では保守派も左派も評価が低い。北朝鮮非核化プロセス等に具体性のないまま,北朝鮮の人権抑圧的な体制を保証し,日韓に相談なく米韓合同軍事演習の中止に言及する等,北朝鮮に譲歩し過ぎではないか? 中間選挙向けの人気取りとの評価も多い。

 またG7を巡ってカナダのトルドー首相と対立した直後に金正恩との派手な“和解ショー”を演じたことにも米国内では異論が多い。

 最もトランプ寄りとされるFOXでさえ,6月12日に配信した“McEnany Blasts Anti-Trump Press After Historic Summit”という記事の中で,共和党全国委員会スポークスマンMcEnany氏の“トランプ大統領は歴史的平和を達成しつつある”という言葉を紹介しつつ,カナダ首相との問題にも言及。やはり保守系シカゴ・トリビューンも6月11日に配信した“Summit’s outcome rests on substance, not symbolism”の中で以上の諸件に触れ,またヤルタ会談からレイキャビック会談に至る歴代大統領による歴史を作った会談と比較しても不確実性が高く“象徴的出来事も大事だが,具体的問題が全てだ”と結んでいる。ただ同紙もトランプ氏の選挙対策の側面を指摘しているが,それならば今後も失敗なくやろうとする筈だ—と期待と思える表現もしている。

 リベラル派ではNew Yorkerが6月12日に配信した“The Winners and Losers of President Trump’s Meeting With Kim Jong-un”の中で,今回の会談は対内的に政治的得点を稼いだトランプ氏と対外的に承認された金正恩の勝利であり,堅実に基礎を築いて行く従来型の外交官そして人権擁護派の敗北と結論付けている。ワシントン・ポストも6月12日に配信した“The good and the bad from Trump’s North Korea summit”という記事の中で上記の諸件に触れて今回の会談を批判。更に今の共和党ではトランプ氏に反対すると予備選に当選できないと指摘し民主主義の危機であると読める部分まである。

 実際,米朝会談開催が具体化してから,各州の予備選で共和党主流派系中道穏健派の候補者よりもトランプ氏に印象的に近い候補者の方が当選している。だが場合によっては中道穏健派候補をトランプ氏が応援していたのに,バノン氏が応援していた候補者が勝ったり,また民主党も共和党の選挙結果に反発し中道穏健派より極左系の候補者が多く当選している。そして米朝会談が具体化する前は,むしろ民主,共和両党ともに中道穏健派の方が相対的に勝っていた。

 トランプ氏はイメージと違って政策的には中道穏健派に近い。また極左系多数の民主党が下院で多数を奪回すれば,弾劾騒ぎに発展する可能性も高まる。今回の米朝会談はトランプ氏と共和党に,両刃の劔になりかねない。

 そのためかThe hillが6月12日に配信した“With caveats, Republicans praise Trump’s summit with Kim Jong Un”によれば,複数の共和党の有力議員も今回の会談に批判的発言をしており,また上院外交委員長コーカー氏(共和党)も正式な決定は議会を通して条約化すべきと主張。議会をパスしてオバマ政権に作られたイラン核合意への反発から,これは尊重される可能性が高い。

 実は共和党は米朝会談と同じ日にイラン核合意を再開できなくする決議を上院で行おうとしたが,そのためには過半数ではなく6割の賛成が必要で,この決議を通すことに失敗している。まして正式の条約の形にする為には,3分の2の絶対多数—つまり67票が上院で必要とされる。

 今回の合意が,このまま行く可能性は,意外に低いのではないか? トランプ氏も,金正恩が約束を破れば自分も態度を変えると言明してはいる。そうなれば日本は核武装を含めた軍事大国化すべきではないか?

 この考え方を反理性的に思う人も多いだろう。だが反理性主義は悪いか?

 実はリベラルの代表ニューヨーク・タイムスが6月12日に配信した“Trump and Kim Have Just Walked Us Back From the Brink of War”の中で,今回の米朝会談を少しでも肯定的に評価し,それが実現できたのはトランプ氏のunconventional approachのお陰と評価している。

 New Yorkerの言ったような従来型の外交とは異なった,このunconventional approachを「反理性主義的アプローチ」と訳したら意訳し過ぎだろうか? トランプ氏の登場自体が理性中心の欧州大陸的文明の行き詰まりに対し,米英の経験や直観を重視する行き方の復活の部分がある。理性でしか思考できない者は反理性的な直観の優れた者に破れるのだ。従来の外交官が実現できなかった会談をトランプ氏が実現したように。

 逆に見れば今後の展開次第では米国が北朝鮮を攻撃する展開も無くなったわけではない。ワシントン・ポスト前傾記事でも北朝鮮の非核化には長い時間が必要と書かれている。WSJが6月14日に配信した“South Korea Bulks Up Military Might While Preparing for Peace”という記事でも韓国そして日本が,アメリカの大幅なアジアからの撤退に備えて米国頼みだけではない国防が可能なように軍事力の増強を始めていることが指摘されている。

 そのような日韓の“軍拡”に刺激されたり,あるいは非核化の長いプロセスの途中で相互不信が再燃し再び米朝が対決モードになるかも知れない。そうなれば日本の軍事大国化が真剣に検討される可能性もある。それは防衛産業のビジネス・チャンスとしても肯定的に考えるべきだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1097.html)

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