世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1067
世界経済評論IMPACT No.1067

トランプの矢継ぎ早の決断とその後遺症についての一考察(その5):結果を予見しないままでの,生存本能の発現

鷲尾友春

(関西学院大学 フェロー)

2018.05.07

 最終回に当たって言及しておきたい点がいくつかある。

 第1は,トランプ大統領が,鉄鋼やアルミ,中国の知財,北朝鮮,対ロ制裁など,それぞれが重量級の問題を,ビッグ・バンの如く,ほぼ同じタイミングで取り上げたこと。

 普通なら,交渉リソースの制約や,政治アジェンダを統制するという目的で,一時に取り上げる案件は,出来れば少数に限定するもの。それが,今回のトランプの場合,一度に多数の,しかも超ヘビー級案件を取り上げた…。

 いずれも,下手をすると,それまでの自由貿易,開放経済,世界の経済秩序を逸脱する方向性のものばかり。何故,こんな大きなことへの取り組みを,こんなやり方で着手したのか…。それが疑問に思えてならない。しかし,実は簡単で,トランプは,じっと耐え忍ぶことが出来ないタイプなのかもしれない…。

 理解のカギを,前述のマイケル・ウォルフの本からも探してみよう。

 恐らく,その可能な答えは,トランプの常日頃の口癖,「ビッグなもの,必要なのはビッグなものだ」という思考ではなかろうか…。

 ウォルフはまた,「たとえメディアに叩かれても,次の日にヒットを飛ばせば,それが成功に繋がる」とトランプが信じているとも記している。

 振り返れば,トランプの選挙運動がまさにそうしたものだった。

 問題の難しさは無視する。人受けするテーマにはただ突き進むのみ。その目標が大胆で仰々しければ,それだけ人々に受け入れられる。こうした彼の,本能的ともいえる交渉観が,今回の一連の“米国版暴れる君”パーフォーマンスの基底に色濃く根付いているように見えてならない。そうした意味で,その種のビッグな姿勢顕示は,トランプの,トランプによる,トランプのための外交・対外経済政策の発露そのもの。

 だが,そうしたトランプの行動パターンが内包する本当の問題は,それらが招来するであろう,関係諸国の相互連動的動き,さらには,既存の国際経済システムの綻びの明白化や,外交上必須の相互信頼関係の喪失,という結果現象にこそある。

 米国が自国本位で軽々に動けば,相手側も対応し,それらの動きに第三国も連動する。結果は,トランプ大統領が意図した以上に,後遺症が残り,米国の威信がその分,相対的に低下する可能性も高まる。国際関係とは,どうしても連立方程式動きを誘発せざるをえないのだから…。

 自国優位,しかも,優位の度合いを測る尺度も自国の主観。そんな,客観性のない尺度で,対外行動を決めれば,かつて,国同士の相互牽制で,安全保障は保たれ易くなる,として採用された勢力均衡外交が,その意図に反して,それぞれの国が自国本位の尺度で優位度を測ったがため,結果,大いなる読み間違いをして,逆に戦争を惹起してしまった,そんな歴史を繰り返す羽目にも陥りかねない。どうも,トランプ大統領には,歴史を自分に都合よく解釈しすぎる性癖があるようだ。

 第2は,今回の一連のトランプの決定の背後に,バノン的思考の影響が色濃くみられる点である。バノンはホワイトハウスから追放されたはず。しかし,直近のトランプの一連の決断(America Firstを前面に出しての各種決定や,国家安全保障担当補佐官を,クシュナーが後ろ盾となっていたマクマスターを更迭し,バノンが推薦していたボルトンに入れ替えたケース等など)には,バノン的ポピュリスムやバノン的国際観が至る所に顔を出している。これをどう解すればいいのか…。

 第3は,こんなことをしていて,トランプ大統領は,国内政治的に,本当にもつのか,という疑問である。大統領選挙と本年11月の中間選挙とは違う。その中間選挙が本格化する前に,今回の一連のトランプ決断がなされ,連日,米国のメディアを賑わせているのだが,それが必ずしも,今のところ,中間選挙,とりわけ下院での共和党候補たちには,有利に働いてはいない様子。

 だからトランプは,余計に,自ら主導した一連の決断に,良い結果を出さざるをえなくなる。そうなると,危惧されるのは,妥協のために,原則を放棄してしまう可能性であろう。北朝鮮等の問題で,日本が恐れる点がそこにある。

 考えてみれば,今回の一連のトランプ決断は,一種のギャンブルみたいなもの。上手くいけば,一発逆転のホームランとなるが,失敗すれば,自ら振り挙げた刀で,自分の足を切ってしまう,つまり,自らの政治生命を失う可能性も大きい,謂わば,リスク満載の決断なのだ。

 そう思い至れば,日本の立場からは,想定外に備えて,予め手を打っておくのも広い意味での外交だとの思料に至るのではなかろうか…。

 では,この場合,想定外とはどういう事態がありうるのか…。数多くの頭の体操が可能だろうが,最も興味深いのは,2年数か月の後,トランプ大統領に再選の芽がなくなり,結局,再選不出馬に追い込まれるようなケース。

 そうした奇想天外なシナリオを頭に描けば,この1年数か月,喧噪のホワイトハウスで,最も目立っていない人物に要着目となる。それは,ペンス副大統領。

 再び,前述のマイケル・ウォルフの本から,ペンスに関する部分を抜き書きしてみよう。

 「…『私の仕事は葬儀に出ることと,式典でリボンをカットすることだ』。ペンス大統領は,共和党議員時代の同僚に,こう語っている…ホワイトハウスの次席補佐官ケイティ・ウォルシュ女史の目から見ると,ホワイトハウスの混濁の中で,副大統領の部屋はまるで嵐の中の静けさだった…ペンスの部下たちは,その素早い電話対応と,ウエスト・ウイング内の副大統領関連の仕事を,軽々と片付ける優れた手腕でホワイトハウス外部にまで知られている。さらに職員同士の仲も良く,一つの共通の目標『副大統領の周辺の摩擦を出来る限り排除すること』に向かって,一致団結している様子だった…どんな形であれ,比較されることに我慢ならないトランプ大統領に,その部下として仕える上で,どう振舞うのが正解か,その難問への答えを,ペンスはある意味,見つけたのだ…その答えとは,徹底して自分を表に出さないこと…ウォルシュ女史は言う,『彼は馬鹿ではありません』…」

 こんな記述を読まされると,かつての米国映画“DAVE”を思い出す。

 尊大だった大統領が死亡し,“身代わりになったそっくりさん”DAVEが,本当の大統領らしくなっていく過程(大統領夫人との恋愛などを交えるが…)で,人柄が良く,忠実だが,無能と思われていた副大統領が,その実有能だった,概ね,こんな筋書きの様だったと覚えているが,筋書きはともかく,あの時の副大統領像と,今のペンス副大統領のイメージがダブって見えて来た次第。

 いずれにせよ,マイケル・ウォルフの上述の様な記述は,歴史付きの筆者に,またまた場違いなアナロジーを思いつかせてしまう。

 それは,ペンスの振る舞いが,まるで織徳同盟時代の,信長に対する家康の姿勢そのものだからだ。アナロジーはともかく,さりげなく,眼に見えないように,しかし確実に,副大統領とのパイプも太くしておく。ペンスとのそんな付き合い方も必要な気がしてならない。もちろん,日本政府は既に着手しているだろうが…。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1067.html)

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