世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
「けやき広場」を守れるか?:オリンピックのテロ対策と「ラスト・マイル」問題
(Global Issues Institute(株) CEO)
2018.04.09
選挙研究の一環としてAKBのイベントを観に行くこともある。先日もさいたまスーパーアリーナで開催されたコンサートに行って来たが,多くの観客が殺到するからか金属探知機での身体検査等も大体やっているくらいだ。それでいて客席の中に入って観客と手を触れ合ったりする演出も行われている。2014年の握手会襲撃事件は忘れられてしまったのか? この日は,あの事件のためにAKB内キャリアが中途半端になった女性が,メキシコのTVにレギュラー出演するため1年ほどAKBを休職(?)する壮行会でもあったというのに…。日本人全体の危機管理に関する意識の低さに改めて想いを馳せた。AKBだけの問題ではないと思う。
特に,このさいたまスーパーアリーナは2020年東京オリンピックの競技場の一つで,そのため最近テロ訓練が行われたことを知っていたので,ひとしおの思いがあった。アリーナで毒ガスが散布された後,近くの「けやき広場」で爆弾が爆発。逃走したテロリストの立て籠もり。といった内容だった。
私が取材した県は少なくとも今年は,どこも毒ガスか爆弾(あるいは両方)による競技会場とソフト・ターゲットを狙った同時多発的テロを想定した訓練を行っていた。なぜ放射能や細菌兵器への対処訓練が行われないのか? もしや予算不足で自衛隊,消防,警察等が,そのような事態に対処できる装備を余り持っていないのではないか? それではテロはおろか外国のミサイル攻撃から国民を十分に守れるのか?
また危機管理訓練の重要な部分は,違った組織が協力するに当たり,相互の窓口や方法等を知ることにある。であれば予算も少なくて済む図上訓練を,今後2年間は毎月でも違った設定で行って欲しいものだ。埼玉県は年一回は図上も実働も行う模範的県であるが,国が深く関与する規模のものは図上のみで数年に一回である。それでは不十分ではないか?
拙著『2020年東京オリンピック・パラリンピックは,テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防社)でも書いたが,今オリンピック警備関係者等の間で最寄り駅等から競技場までの道程を意味する「ラスト・マイル」が問題になっている。競技場内は組織委員会が雇った警備会社が警備の主体になる。競技場外は警察が警備するのが当然だが,「ラスト・マイル」は組織委員会が契約した警備会社も,スムーズな観客誘導等を目的に関係する。
さいたまスーパーアリーナは,さいたま新都心駅から「けやき広場」を数分歩いて入るのだが,金属探知機等による身体検査が,それほど丁寧でなくても,開場されると長い行列が出来る。それは「けやき広場」まで延びて行く。ここでの不祥事を防止するには,どうしたら良いか?
これは競技場内の問題にも繋がるが,やはりチケットを購入した段階で顔写真を登録させ,入場には顔認証装置を使う。それは選手やスタッフ等には行われる事になったので全観客も対象にすべきだと思う。
これは不審者入場防止だけではなく入場をスムーズにし「ラスト・マイル」の安全を高める。「ラスト・マイル」にも顔認証可能な監視カメラを林立させ,チケットを持っていないのに会場に近づこうとする人物を早期にマークする。表情等から緊張の度合いを読み取り,テロリスト等を大勢の中から見つけ出すカメラも最近はあるので,それも使う。高性能の金属探知機を使った高度な訓練を受けた警備員等による身体検査等も,入場口だけではなく「ラスト・マイル」から始めても良い。そのような機材に関しては民間の方が警察より優れている場合も多い。それを考えると「ラスト・マイル」の警備に民間警備会社も関わる意味も高まる。
更にチケット購入は必ずクレジット・カードで行わせる。そうすればカード会社の持っているデータから,その人の信用度等を事前に理解できる。
米国の国務省が始めようとしている全ての(米国の場合は米国への入国だが)入場者にグーグルやフェイスブックのIDやパスワードの提出を求めるような事をしても良いのではないか。これらの会社が持つ当該人物に関するデータの中に入れれば,危険な可能性のある人物かを事前に判別できる。
このようなことはプライバシー等の関係で非常な抵抗があると思う。入場チケット購入の段階で顔写真を撮ることだけでも,大きな抵抗があるだろう。
だがプライバシーと生命の,どちらが大事なのか? そろそろ日本国民も良く考える時が来ているように思う。イスラムのテロだけではない。相模原や座間で事件を起こしたような人物が,ネットで造り方を学んで爆弾を爆発させたりするかもしれない。
アイルランド独立テロ問題を抱えていた英国では,911以前から公共交通機関の壁等に”Your safety depends on your self”と書いてある。あなたやあなたの愛する家族や友人の命を守るのは,最終的には警察でも国家でもない。それはあなたの責任である。
今回のオリンピックを契機に日本人の危機管理意識が高まってくれることを願って止まない。それは警備機材関係の企業の大きなビジネス・チャンスにもなるだろう。
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