世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1015

コインチェック事件と「仮想通貨」バブル

平田 潤

(桜美林大学大学院 教授)

2018.02.19

 2018年1月26日未明に発生した,仮想通貨の一種NEMが巨額(日本円で約580億円相当)流出した事件(コインチェック事件)を通じて,我々は21世紀ネット時代におけるバブルの姿を日本でも否応なく目の当たりにすることとなった。世界の仮想通貨は現在,ビットコインをはじめとして約1400〜1500種にのぼり,市場規模は既往ピーク時(2018年1月)でUS$8350億〔92兆円〕に達したとされているが,各種通貨の価格上昇のほとんどは,2017年内に急激にもたらされた。代表的通貨ビットコインをみても,2017年初に約千US$程度であった価格が,12月月内には20倍の水準に達し,しかもその後も乱高下が著しい。現状では通貨として機能しているというより,稀少性〔供給に上限が設定され,マイニングの報酬にも半減期が設定されている)によって,値上がりを当て込んだマネーゲーム化しているといえよう。

 さて上記事件は仮想通貨自体の問題というよりは,当該通貨交換所(取引所)の〔ハッキング等に対する〕セキュリティ対策不備や,管理体制〔顧客資産の分別保管や,ウォレット・秘密鍵の扱い〕に重大な欠陥が指摘されているが,一方で仮想通貨取引に参加していたとみられる日本の投資家行動やその背景についても,あらためて注目が集まることとなった。すなわち日本では,① メディアによれば,コインチェックだけで,NEMの保有者が約26万人にのぼる(もちろん日本以外の投資家も多く,また大多数は少額投資者であろうが)等,仮想通貨取引が大幅に伸びており,② マウントゴックス事件(2014年に日本で発生)で「取引所リスク」がクローズアップされたにも拘わらず,同様の事件が再現されてしまい,③ 長期にわたって超低金利/大規模緩和金融政策が続くなかで,「仮想通貨」が新たなハイリスク・ハイリターン金融商品として,FX取引と同様,一般投資家にもすでに認知されつつあることである。

 とくに②,③については,やはり金融緩和局面が長く続いた2000年代前半の米国で,数少ないミドルリスク・ハイリターン商品と評価され,投資家(もっともこの場合は,機関投資家・金融機関が中心であったが)に購入された,サブプライム證券化商品(ABS)の隆盛とその崩壊(リーマンショック)時にも見られた,「信認バブル,仕組みバブル」(後述)が,ネット時代に,「仮想通貨」という市場に新たな形で急速に形作られたことが見て取れる。

 この点は,今後発展が期待されるFinTechや金融イノベーションの「危機予防」・「危機管理」の観点から,懸念せざるを得ない。

 筆者は米国2008年のリーマンショック(サブプライム危機)に直面し,その背景・原因及びメカニズムについて分析を試み(東洋経済新報社『アメリカ経済がわかる本:米国経済解体新書』2012年),危機の背景に3つの巨大バブルの存在を指摘した。すなわち(A)投資バブル,そして前述の(B)信認バブル,(C)仕組みバブルである。

 一般に経済/金融における「バブル」とは,財/サービスの価格が本来あるべき水準,つまりその本来的な価値(ファンダメンタルスに基いて算定・想定される価格水準)から,乖離し突出して上昇することであるが,今回「仮想通貨」市場全体にも,典型的な投資バブルの現象が見てとれる。ネット社会での「『将来価値』や『イノベーション』への期待値の高さ」に基づくバブルの先駆けは,90年代後半から2000年にかけてIT産業を中心に米国の株式市場に生じたIT・ドットコムバブル(米国発で,日本でも発生した)であろう。これは(投資対象は株式ではあったが)ネット企業(起業)がビジネスモデルを画期的に転換していくというユーフォリア的ブームが生じ,ベンチャー企業が乱立し,盛んにIPOが行われ,投資家の資金がNASDAQ市場に大量に流入した現象であった。現在仮想通貨の価格は,ネット上で貨幣的価値をグローバルに移転させる機能=「デジタル通貨」の価値というよりは,法定通貨との「交換価値」が独り歩きをしており,しかもビットコインなどではすでにFX取引と同様,レバレッジがかけられる商品も登場している。こうした期待値の高さは,「ブロックチェーン」などの基幹技術やFinTechで金融分野に応用されるIT技術が,今後新たなビジネスモデルや,さらなるイノベーションを生むと予測されていることが背景にある。米国のITバブル崩壊後でもそうであったが,淘汰と競争を経て生き残ったのが現在のIT企業の巨人であった。今後は仮想通貨市場さらにはFinTech分野においても,し烈な淘汰や競争が行われていくと思われる。

 さて,仮想通貨に対する「信認」と,仮想通貨取引に対する「信認」とは別々に考える必要がある。仮想通貨の代表格ビットコインについてみると,(a)通貨としての安全性(取引データを全て記録するブロックチェーンが改竄しにくい分散型電子台帳であるなど),(b)価値の安全性(供給面での限定により担保される)が侵害されたのではなく,交換所及びその取引システムへの信認が問題となっている。仮想通貨を扱う機関(交換所)は金融機関ではないが,自己取引を行っているとされる点で,単なる取次機関とは異なる。  こうした取引システムが一般投資家に波及した背景としては,日本の場合,① 仮想通貨が話題になり始めた当初(たとえばビットコインでは),その入手経路はかなり限定されていたが,他のe-コマースと同様,ネットを経由して交換所〔取引所〕を通じての取引が急速に普及・認知され,容易に入手することが可能となった(ネット取引による信認効果),② 前述のようにビットコイン等の仮想通貨に見られる流通/決済手段におけるイノベーションの画期性(ブロックチェーンほか)が高く評価されており,③ 多くの金融機関が仮想通貨を含めFinTechの分野に競って参入を始めた潮流(2015年FinTech元年)があり,④ 2017年改正資金決済法により,仮想通貨が法規制面から認知され,監督が始まったと見られた,などが指摘されている。

 こうした中で仮想通貨を扱う組織(取引所)やプレーヤーが林立し,

  • A:「情報の非対称性」(仮想通貨の保管や取引自体が取引所任せ,取引所のトランズアクションは投資家に見えにくい)が非常に大きい。
  • B:法規制の網が間に合わない一方で,市場・業界のルールメーカ―,マーケットメーカーが不在,従ってたとえば通貨交換におけるスプレッドなどの不透明性などが生じている。
  • C:グローバル市場を舞台とするハッカーやサイバー攻撃の能力・攻撃力・組織力を過小評価した。
  • D:スマホ等の爆発的普及により拡大した,ネットビジネスのブーム化(日本でもビットコインなどで商品の支払いが行える大手企業が増えつつあった)が生じた。

等により,十分なモニタリングやチェックがなされないなかで,交換所(取引所)の顧客獲得競争(CM等のアピールも増えた)は激化して,一般投資家からは過剰な「信認」が与えられることとなったといえよう。

 一方,2000年代前半でのサブプライムローン危機では,金融イノベーションの結果,證券化や各種のデリバティブを駆使した工程で,様々な仕組みバブルが指摘されている。仮想通貨取引やICO(仮想通貨を媒介した資金調達)にも新たな「仕組みバブル」が生じているが,この点については,改めてアプローチしたい。

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