世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1006
世界経済評論IMPACT No.1006

Pax Sino-Americanaの虚実とスタンダードによる支配如何

関下 稔

(立命館大学 名誉教授)

2018.02.05

 トランプの当選は世界を驚かしたが,その後のトランプ政権の1年間は大方の予想どおり,朝令暮改と自家撞着と内輪もめに終始し,「覇権国」アメリカの評判を著しく失墜させる仕儀になった。辛うじて法人税の低減を軸とした減税措置を実現したが,それとて,一部巨大企業の税負担を軽くしただけで,アメリカ社会のネックである極端な所得格差と貧困の解消には結びついていない。その結果,アメリカの覇権の後退はおろか,世界は無秩序的な「無重力状態」に陥りかねないといった懸念や,中国の台頭による「米中共同覇権」の出現を予想する向きも出てきている。確かにアメリカの影響力の後退とは対照的に,ユーラシア大での開発を志向する「一帯一路」構想によって,中国の存在感は際立つようになっている。だが,果たして「パクスアメリカーナ」から「パクスサイノ-アメリカーナ」への転換は起こるであろうか。

 一方で自国中心主義を旗印にしたアメリカのTPPからの離脱,「パリ協定」からの脱退表明,そしてNAFTA再交渉とメキシコ側の負担による米墨国境壁の建設,さらにはエルサレムへの大使館の移動宣言などは国際的な不評を招き,またイスラム圏からの入国禁止令の差し止めやオバマケア代替法案の不成立などは,国内的にも顰蹙を買っている。その結果,覇権国としての信頼は大きく傷つき,身勝手な大国の暴走振りが目立つようになった。しかも北朝鮮の核開発をめぐる日・韓を巻き込んだ軍事的な圧力の強化は,戦争をも辞さないという危険な兆候を示していて,その軍事依存的強圧体質が強まっている。

 他方で中国は,軍事的にはエア・シーバトルに沿った海軍力の強化を急速に進めている。それは,中国の経済力の膨脹と共に,必要資源の確保のためのシーレーンの整備と,在外中国人の安全保障とも結びついている。また経済的には,低賃金コストを活用した輸出主導的な経済成長路線から,「自主創新」技術の開発による自前技術の陶冶と最先端技術力の獲得による経済先進国への飛躍を目指している。都市化の急速な進行と消費拡大は国内市場の拡大をもたらしたばかりでなく,その上に乗った金融化の肥大化は生産基盤との不照応を生み,金融不安を高めている。また西側先進技術のつまみ食いは技術体系の一貫性のなさや部門間の不均等性を助長している。果たして中国式スタンダードのグローバル化に成功を収められるだろうか。

 さて米中共同覇権といった場合,両者の棲み分けが必要になるが,核軍事力の相互抑制を基にして政治的・外交的な一定の均衡が成立したとしても,今日の経済的な覇権にとりわけ大事となる,スタンダードの統一性をめぐる両者の妥協が成立するであろうか。後進国の技術的な模倣に継ぐ,自前技術の習得は,モノが支配する時代にあっては,比較的単線的なキャッチアップ戦略によって功を奏してきた。だがその教訓から先進国は,モノゴト作りが中心になる今日の知財の時代にあっては,スタンダードを握ることに主力を置くやり方に代わり,しかもそのスタンダードも,オープンな共通路線を基本として,ファミリー化とそこからの知財収入に依拠する方向へと大きく変化してきている。だからキャッチアップは容易でも,そこから抜け出して,自らのスタンダードに基づく,世界の主導国にまで登りつめることは容易ではない。そして企業の海外進出と多国籍化の波は自社の子会社網の敷設よりは,現地企業との広範な連携と共同生産,共同購入へと向かっていて,それは統一のスタンダードの重要性をさらに強めることになる。

 トランプ政権の自国第一主義と二国間の交渉への傾斜は,アメリカが持っていた覇権国としてのヘゲモニーの発揮による主導権の確保という最大の武器を危うくしかねない。21世紀の今日,技術革新の進行はEV(電気自動車),GPU(画像半導体),量子コンピュータ,再生可能エネルギー,新素材,ブロックチェーンと仮想通貨などの新機軸を生み出し,かつこの過程が急速に進んでいる。そして新たな巨大企業としてFANG-MANT(フェイスブック,アマゾン,ネットフリックス,グーグル,マイクロソフト,アップル,エヌビディア,テスラ)といったネット時代のプラットフォーマーの優位を伝えている。これら「ニューモノポリ-」の突出は,他ならぬアメリカンスタンダードの優位性に依拠している。そしてその背後には覇権国としてのアメリカのヘゲモニーの行使があった。トランプの露骨な自国本位主義はそれを無にしかねない。そしてまた中国がアメリカに代わって覇権国にのし上がるためには,新たなスタンダードを打ち立て,それを担いうる最先端企業群を育てなければならない。果たしてそれは可能であろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1006.html)

関連記事

関下 稔

最新のコラム