世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.843

市場統合の行方〜2つの離脱から考える

岸本寿生

(富山大学 教授)

2017.05.22

 昨年6月の英国の国民投票でEU離脱(ブレグジット)が過半数になり,本年1月米国ではトランプ大統領が就任すると,市場統合や自由貿易の潮目が変わると危惧されるようになった。

 今年3月28日,メイ首相はEU離脱の手続開始の署名をし実質的なプロセスに入った。ブレグジットについて当初の衝撃は和らいだが,2年間で手続が完了されなければならない。他方,トランプ大統領はTPP離脱の大統領令にサインをし,TPPは米国抜きで結論を出すことを余儀なくされ,米国はFTA政策を大きく転換する。そこで,改めて市場統合の行方について考察する。

 ブレグジットに見られる反EUのポピュリズムはオランダとフランスの選挙に影響すると思われた。結果は,両国ともに極右政党の存在が目立ったものの,親EU派が勝利をおさめた。メガFTAの象徴であるEUからの離反ドミノが起こるおそれがあったが,現在のところは踏みとどまった感がある。

 「メガFTAからの離脱交渉」が開始されると,市場アクセスをはじめ金融規制,農水産物の関税や補助金の制限,原産地規制など新たなEU・英貿易協定に多くの議論を要するであろう。また,英国に居住するEU市民,EUに居住する英国民の扱いについても早々に結論を出さなければならない。さらに,EUにおける公用語の問題など検討すべき事項はEU,英国の双方にとって枚挙に暇が無い。

 また,英国の貿易相手の51.4%がEUであり,ブレグジットによる英国の貿易収支,経済に与える影響が大きい。なかには「2030年まで英国の国内総生産を3%減少させる」というような試算もなされている。ブレグジットによる英国へのダメージの大きさは,今後のFTAに影響を与えるだろう。FTA離脱のコストが大きければ,一度FTAに加盟すると離脱は困難であるという認識につながり,FTAの加盟に二の足を踏まざるを得なくなり,FTAの進展にブレーキをかけるかもしれない。

 現在,もともと残留派だったメイ首相がブレグジットの舵取りを行っている。6月に実施される総選挙次第では,離脱回避もあり得るかもしれない。

 また,ブレグジットは,FTAからの離脱という希有の問題でもあるが,メガFTAと一つの国の交渉・対峙という側面で捉えることもできよう。このような交渉のプロセスは,日・EU間のFTAに向けても参考になる点である。

 次に,TPPに関して,当初のTPP発効の条件は,「大筋合意をした12カ国中少なくとも6カ国が調印し,その6カ国の2013年のGDPが,全12カ国のGDPの85%以上を占めること」である。したがって,約60%を占める米国の離脱により現在の規定ではTPPは発効できない。しかし,残りの11カ国がオリジナル国となり,推進派の日本,カナダ,オーストラリア,メキシコが調印すれば85%を超えることができる。

 TPPの目的は,域内貿易の活性化による市場の拡大・成長であるが,さらにそれに伴う国内の経済改革やWTOが停滞する中での新しい自由貿易の制度作り,また婉曲的には中国包囲網のような意義がある。しかし,米国の離脱により,ベトナムやマレーシアはTPP反対の意見が根強く,対米貿易の拡大の期待がなくなり消極的になっている。それに対して,ニュージーランドやオーストラリアそして日本には,制度作りを目的にTPPを11カ国で発効させ,米国を再度取り込む思惑が見える。

 TPP11カ国は,国内に反対,慎重の意見があるものの,各国政府は推進しており,TPPは自国の経済改革やアジア太平洋圏のイニシアチブを獲得する契機とみなし,議論次第ではまとまる余地が残されている。

 また,米国のTPP離脱により,東アジア地域包括的経済連携(RCEP)など中国主導の連携協定が勢いづくと思われたが,TPP参加国ではTPPに比べると関心度はかなり低く,TPPに代わる存在になり得ていない。

 一方,トランプ大統領は2国間FTAの推進を主張している。「アメリカ・ファースト」を掲げる大国との2国間FTAが対等なコミュニケーションで行われるとは思えない。また,トランプ大統領は,NAFTAや米韓FTAの見直し,さらに英国やTPP各国との2国間FTAを個別に同時並行で行うとしているが,それには限界がある。ある程度のところで広域FTAとして締結する方が効率的で影響力を持つことになろう。

 世界貿易のシステムは,先の大戦の教訓として,自由・無差別・多角的な貿易システムを追求してきた。WTOに結実すると期待されたが合意形成ができず,メガFTAはそれを補完する存在としてみることができた。しかし,それも漂流する可能性が出てきた。今が正念場である。合理的な判断が求められている。

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岸本寿生

国際経済

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